「おい、腹がすいたろうが、あいつが来るまで待とうよ。それはそうと、今日、職場でまた叱られたよ」
「まあ、どうして?」
妻はお膳に白い布をかけながら手をとめて聞きかえした。
「のろまなんだとよ、ワッハッハッ」
鎮求は笑いながら、今日の中間総括の模様をざっと話した。
「もともとあなたは、雨に濡れても決して走らないお人なんだから…おほほほ…。そうそう、さっき市の女性同盟の委員長が私に、工場で働かないかって言ってたわ」
「それで、なんて言ったんだい?」
「あなたと相談してみるって言ったわ」
「うん、いいよ。女性労働者になれよ。立派だよ!」
「ほんとう?」
「おれがいつ、嘘を言った?」
「あたしに出来るかしら」
「出来るとも、肥料俵を運んだり、石鹸やローソクを作ったり…、仕事はいくらでもあるよ。石鹸工場がいいだろう」
ちょうどスドルが息をはずませて、ハアハア言いながら入って来た。
水入らず食事が始まった。
「スドル…今度の体育会で勝つ自信があるかい?」
「うん、ある。わけないよ!」
「いいぞ!その意気だ」
鎮求は妻と息子がとてもおいしそうに魚のスープを飲んでいる様子を頼もしげに眺めながら、コップの酒をキュッとやった。
「おい!メーデーはどんな御馳走をするんだい?工場から牛乳やら魚やら、どっさり出るんだそうだが…」
「何がいいかしら?お酒もあるし、おつまみもいろいろ作らなくちゃ」
「そりゃそうさ。親爺さんや達浩のためにも、一杯飲まさにゃ…」
「まかしといて。うんと御馳走するわ。さあ、冷めないうちに早く…」
「なんてすばらしい時代だろう!おっと早くたべてしまって、カボチャに添え木せにゃ。明日帰ったらトマトの苗を植えかえて…ぼやぼやしてると、おれが競争に負けてしまうぞ」
金鎮求の胸の中は、労働に対するはちきれんばかりの希望と幸福感が大きく羽ばたいていた。
(おわり)