短編小説「労働一家」6/李北鳴


鎮求は彼の後姿を見ながら、電気時計の方へ目をやった。作業の始まりを知らせるサイレンが鳴るまでには、まだ20分以上もあったが、仕事を始めるために出て行ったのだと彼は思った。

「おい、達浩はどこか具合でも悪いのか?」

マッチ棒を歯の間にはさんだまま親爺さんが聞いた。彼もやはり、達浩の態度が普通ではないと思っていた。

解放前、辛い旋盤労働で胸をわずらい、視力まで悪くした関係で、今は精密機械の付属品削りもできなくなった彼だったが、自分の秀れた技術は数多くの後輩にすべて伝授した親爺さんでもあった。鎮求と達浩も、やはり彼から技術を学んだことがあった。

「どうしても達浩の心中がわからん。具合が悪そうでもないし…」

「体の調子が悪くないのなら、何か悩みでもあるんでしょう」

親爺さんは幾日か前に自分の女房が、達浩の家では口げんかが絶えないと言ったことを耳にしていた。

「私の意見が正しいかどうかわかりませんが、競争が始まってからというもの、達浩は人が変わったようなんです」

鎮求は友人に対するこのような話をまだ誰にもしていなかったが、何か打開策が得られるかもしれないと思い、初めて親爺さんに話したのだった。

「わかる気もするな。競争に必ず勝とうとする気持が時にはあんなふうに出ることもあるんだよ」

「だけど、彼にかぎって…。このごろ酒をたくさん飲むようになったのをみれば、何か他の事情があるようですね。どうにかできないものですか?親爺さん」

「一度、ゆっくり話をしてみなさい。それはそうとアンモニアはどうだ?」

「さっき12時現在、生産量をどうにか保っているようですが…」

鎮求は親爺さんと話しながら建国室を出た。

相撲場には人だかりができていた。

その中で、上着を脱いだ弾力のある肉体と肉体がぶつかり合い、勝負を争っていた。先ほど建国室から抜け出した「トルトリ」は審判をつとめんものと目を光らせ、目まぐるしく動き回っていた。バレーボールのコートでも、勝敗をかけてしのぎをけずっていた。鎮求は、ひょっとすると達浩の顔が見えるかもしれないと思い、あたりを見回してみたが、一向に見当たらなかった。すると、一人で機械を動かしている達浩の姿が目の前にうかんだ。鎮求は職場に行こうと思い何歩か歩きかけたが、すぐ立ち止まって戻ってきた。そして頭を左右にゆっくり振った。

達浩に対して、これ以上神経をつかいたくなかったのである。

見るだけでも心が広くなるような東海の上を吹いてくる4月の風は、まるで強心剤のように鎮求に新しい力を与えてくれた。

(つづく)

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