なぜなら自分が働いているこの旋盤工場が、すべての点で有利であることがはっきりしたからであった。
それからというもの、彼は邪心を捨てて生産に熱意を入れるようになった。とはいえ、彼の心の内の不平不満が完全になくなったわけではなかった。
――李達浩は自分の旋盤技術に酔っている。これは先月の職場大会である職場長が言ったことであるが、文字どおり彼は今、習得した技術の域を脱しきれないでいた。金鎮求を初めとする多くの労働者たちが、技術学習会で先進技術を習得し研究していたが、彼はそれについて大した興味をもっていなかった。
「前にも言ったが、君にしろ僕にしろ、日本人の下で何か自慢出来るような技術を学んだわけじゃないだろう?彼らはわれわれをこき使いはしたが、技術は手ほどきしてくれたわけじゃない…。新しい技術を習得しようじゃないか。2倍、3倍の能率が上がる先進技術をさ」
鎮求は達浩に二度ならずこう言った。
「考えてはいるが、条件がととのわんことにはなあ…。しかし俺もこれからは勉強するさ」
李達浩は、ソ連の旋盤技術が優秀なものだということを友人たちから何回も聞かされてはいた。しかし彼には、2倍、3倍の能率を上げるということがすぐには信じられなかった。
彼の技術と知識では無理からぬことであった。今年28歳、旋盤工になって6年目の彼である。
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メーデーが近づいてきた。
解放後2度目のメーデーを増産で迎えるべく、各職場では作業班と作業班、また個人と個人との間で増産競争がくり広げられていた。
達浩は、同期日内にピストン・ロットを仕上げようという指示が自分と鎮求に下されたのを渡りに船と、彼に挑んでみようと心に決めていた。そのため2週間以内に、完全な規格製品二つを削り出さねばならなかった。
硫安の増産も放ってはおけなかったが、技術においても組織活動においても仲間たちの信頼が厚い鎮求との競争に勝つことによって、旋盤工たちは自分の技術に一目おいてくれるであろうし、ひいてはそれが昇格のきっかけにもなるであろうと考えたのである。競争に勝てば運も向いてくるだろう。たとえ負けたとしても、別に大したことにもなるまい!手をこまねいていてはどうにもならないし、負けた時のことを考えても始まらないじゃないか!
「いいだろう。俺たちが模範試合をやってみせようぜ。しかし、競争するには条件があることを知っているんだろうな?」
達浩の申し出を快くうけながら、鎮求はこのように聞き返した。
「知ってるとも。製品の質と量。労働規律を守ること。出勤率100%。まだあるぜ、みんな解ってるさ」
(つづく)