短編小説「海州―下聖からの手紙」19/キム・ビョンフン作、カン・ホイル訳


そして、素晴らしいことに、そのパクトンムが考案し、チルソントンムとともに苦心した結果、橋脚を組立式に建造するのに成功したんです。おかげで、問題児―邑川橋は7月末どころか、7月5日に完成したのです。

第1小隊は「不屈の李寿福英雄突撃隊」というたいそうな称号を受けました。たくさんの新聞記者たちがかれらの写真を撮っていきました。

その後も私は「忍び作業」をつづけました。でも第1小隊の現場だけには出ませんでした。

チルソントンムと私の関係について、全大隊にいろいろ噂が流れたんです。でも私たちはそんな仲じゃなかったんです。だのにこんなことになったのでむしろ、かれは私に対して以前よりもよそよそしくなり、私もやっぱりどんな態度をとっていいのやら……意に反して顔だけは赤くなるのでした。その反面、私はかれにわけなくじれったさをおぼえるのでした。交換手のソンオクというトンムは、

「いったいあの人のどこがいいの? そりゃ革新者よ、でもあんなむっつり屋さんでわね……あんたは詩人のように繊細な感情の持ち主なのにかれはどう? おまけにノッポときてるし、あの色の黒いこと。そばに立ったときなんか、そりゃ怖いったらありゃしないわ……」

と冗談半分にからかうのですが、私にとってはそれが我慢できない侮辱として感じられるのでした。

いいえ、かれは決してそんな人じゃないわ。かれの澄んだ目と、あふれる情熱におぼつかないたどたどしい話し方が、私の胸にしっかり刻み込まれ、それが日がたつにつれ大きくなるのをなぜかはっきりと感じるのでした。軽薄な女と、ときには自らこんな考えを責しても心のどこかでは、本当の私が頭をもたげるのでした。

私はよく第1小隊近くの擁壁現場に出ました。往き来する途中、こっそり小隊の作業場に寄っては、作業実績掲示板の前に立ち、空に向かってまっすぐのびるグラフを見る私の心はほのぼのとするのでした。

私がときどき現場に目をやると、いつもかれはセメントまみれになって、コンクリートを練っているんです。そして私を見ると手袋を差し上げて、さっとふってみせるのでした。

(本当にしょうがないわ)と思っても(まあ私ったら馬鹿じゃないかしら……。もう二度と来るもんですか……)、こう心にいいきかしては、幾日も足を運ばなかったりしたんです。

7月中旬に工事は最終段階に突入しました。長雨だ、資材難だ、技術機能の不足だと難関が後をたちませんでした。でも私たちは団結の力でそれらを見事に克服したのでした。

6月に首相同志が工事場に来られて、私たちの手を一人ひとりしっかり握られ、わが国で一番速い千里馬に乗ったのはトンムたちだと言われました。そんな私たちにできないことがこの世にあるでしょうか。

私たちの高鳴るこの胸のうちを言葉で言い表すことは決してできません。

(つづく)

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