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短編小説「海州―下聖からの手紙」30/キム・ビョンフン作、カン・ホイル訳

2022年08月29日 09:00 短編小説

かれの声は急に沈み、沈痛なおももちになりました。

「一日中、僕らは5回に及ぶ敵の反撃を退けたが大隊の攻撃信号は上がらなかった。ところが小隊にはわずか6人しか残っていなかったんだ。

みんな最後の決戦を覚悟した。小隊長同志は赤い手帳を何枚か破ると、設計図を書く鉛筆で最高司令官同志に送る宣誓文を書いたんだ。僕たちは一人ひとりはっきりとした字で署名していった。

それがすむと、小隊長は高地の危険を大隊長に報告し、計画に支障がないようにしなければと、みんなをぐるりと見まわしたんだ。どいういうわけか小隊長をはじめみんなの視線が、約束でもしたかのように僕に集まったんだ。僕はすぐにみぬいて、

『だ、だめです!』と、とっさに叫んだがどうしようもなかった。

『坊や、命令にそむくのか!』

小隊長の火のような号令だった。チュンボおじきもそばから、『坊や、戦場でだだをこねるつもりか!』と普段とはまったく違った強い語調でたしなめるんだ。

僕は泣きじゃくりながら高地をあとにした。

大隊でも無事に迂回機動を終え、連隊の支援砲射撃を今か今かと待ちかまえていたんだ。僕はすぐに弾薬と手榴弾を背負って高地に戻ろうとしたのだが中隊長同志がつかまえて放してくれなかった。

高地に目をやると、小隊はふたたびはい上がってくる敵と戦っていた。しばらくすると銃声がだんだん途切れがちになり、最後は重機関銃だけがうなっていたんだ。それさえも、ときたま気絶するようにぷっつりやんではまた、意識を回復したように生き返るんだ。僕は飛び出そうとして、また首根っこをつかまえられてしまった。

このとき、支援砲の一斉射撃が敵の後頭部でさく裂し、大隊は疾風のごとく敵の側面に突入したんだ。

僕は梅花山めがけて走った。でも高地にたどり着いたときにはミョンヒトンム……、硝煙たちこめるざん壕には『地質探査隊』の背のうをはじめ……」

かれはのどがつまるのか、それ以上何も言えず、目には涙があふれ、ほほをつたって流れるのでした。

「最後まで重機を撃ったのは小隊長だったんだ。かれは重機の前に、祖国の大地と顔をこすり合わせ何かささやきでもするようにうつ伏せていた。

その夜、あの山の上にある烈士墓地に戦友を埋葬した大隊はいっせいに銃を高く掲げ弔砲を撃ったんだ。遠く暗い山河にこだまする銃声を耳にした瞬間、なぜか『地質探査隊』や『沈清』『詩人』、チュウボおじき、それに小隊長の顔がしきりと目前に迫ってきた。かれらの澄んだ燃える目と目が、こう言うんだ」

(つづく)

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