短編小説「海州―下聖からの手紙」10/キム・ビョンフン作、カン・ホイル訳


「チルソントンム、早くご飯をよそってくれない?」

この言葉にやっと我に返ったかれは、「あっそうか」とぎこちなく笑うと、急いで釜のふたをあけたんです。とたんに胸を突くようなにおいがあたりに漂いました。かれはまゆをひそめると、なにかぶつぶつ独り言を言いながらご飯をかき混ぜ始めたんです。そして、何を思ったのか私をふり返るとじっと見つめるのです。

「交換手トンム、いやミョンヒトンムとかいいましたね。海州はここから4キロほどでしょうか?……」

「?……」

「そうか、よし!」

かれは私の答えなどはじめから眼中にないのか、わけのわからない言葉を言うと配膳口に向かってすたすた歩きだしたんです。そして日直のトンムとしばらく話を交わしたと思うと、白衣をさっさと脱ぎすてて外に出てしまいました。

「?……」

まったく不可解としか言いようのないかれの行動でした。

翌日は朝から激しい雨でした。今年になってはじめての豪雨でした。

こんな日の食堂の仕事は、とくにたいへんです。湿ったまきはなかなか燃えません。もうもうたる煙に泣かされながら仕度した朝食のあとかたづけをすませ、休む間もなく昼の米を洗っていたら12時頃でした。

入口のカーテンを開けて誰かがとびこんできたんです。

「ちくしょう、すっかりぬれちまった……」

チルソントンムでした。体にべっとりくっついた作業服からは雨水がしたたり落ち、寒さのためにひきつった顔は真っ青です。それでいてかれは、何がうれしいのかニコニコしてるんです。かれは広い額にたれた髪をかき上げてたき口の前に座りこむと、手に持った帽子をしぼるのです。

「ミョンヒトンム、もう大丈夫だ」

かれは不意にこう言うと、にっこり笑うのです。私はさっぱりわけがわかりません。

「何が大丈夫なの?」

「何がって決まってるじゃないか。昼飯はまだたいてないだろ?……」

かれはむっくり立ち上がると、釜のふたを開けてみてなかが水だけだとわかると、さも満足そうに、「よしよし、なんとか間に合った……。日直のトンムはどこかな……」と言いながら調理場の方に行き、日直のトンムを連れて現れたんです。かれは昼食をチルソントンムの指示にしたがって作るよう言明しました。みな狐につままれたようにあぜんとしました。

(つづく)

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