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短編小説「海州―下聖からの手紙」26/キム・ビョンフン作、カン・ホイル訳

2022年08月21日 09:00 短編小説

(どうしたというのかしら?……。願書を出したので気がねして、宿舎に帰れなかったのかしら?)

こう思いながらふと私は、かれの枕もとにある本に目をとめました。なんの気なしに一冊を手に取るとそれは大学ノートでした。パラパラとめくっていた私は鉛筆をはさんだ最後のページで目が釘付けになりました。「入学願書」と書かれた一枚の紙がはさんであったのです。もっと驚いたのは、白い空白には姓名と生年月日ではなく現場でよく見かける巻き揚げ機の略図が書きこまれているのです。裏面を見ると、経歴欄には長い計算問題がぎっしりなんです。私はもう一度目を通しました。ところが経歴欄の最後にこんな文句が記されてあったのです。

「小隊長同志、とうとう自動運搬機を完成しました。上等兵ソ・チルソン!」

「自動運搬機!……」。私は放心したように口のなかでこうつぶやきました。すると急に胸がこみ上げ、字画の一つひとつが紙のうえで息づいているように思えました。多分、紙が足らなくて「入学願書」を使ったんでしょう。

「そうだったんだわ!……」

私は心のなかで叫びました。私は知らぬ間にかれのそばに坐っていました。落ちくぼんだ目とそれとは反対に額と鼻が出っ張ったやせこけたかれの顔をながめると、胸はしめつけられ目頭が熱くなるのをどうしようもありませんでした。いったい幾日、夜を明かしたことでしょう。こんな山のなかで寝込んでしまうとは……。

私は長い間、放心したようにかれの寝顔を見入っていました。人間、心があまり激するとこんなふうになるものなんですね。

私はふと正気にもどると、上着をぬいでかれにかぶせてやりました。ところがこのとき、うめき声をあげたかれは左に寝返りをうつと、パチッと目をあけたんです。

「あれっ……」

かれは自分の目が信じられないのか、ごしごし目をこすると、もう一度じっと見つめるのです。その目の澄んでいきいきとしていたこと! 今も鮮やかに思い出されます。

「あ、あれっ、どうして?……」

かれはそれでもまだ信じられないというふうに、目をぱちくりさせました。私はただこっくりうなづいてほほえんでみせました。何か言おうにも喉がつまって言葉が出ないんです。

チルソントンムはそれまでじっと私から目を離さずにいましたが、

「ちょうどよかった。これ、ちょっと見てくれないか!」と言うと、枕もとをまさぐるのです。

(つづく)

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