短編小説「海州―下聖からの手紙」25/キム・ビョンフン作、カン・ホイル訳
2022年08月19日 09:00 短編小説私はパクトンムにもう一つの受話器をあげました。
「はい、だれですか? ああ、チルソントンムですか。ええ来ましたよ……」
これを聞くと、胸に張りつめた何かが急にぷつんと音をたてて切れるようでした。
「ええ、帰ってからしばらくたちますよ。もう着いたはずなんだが……」
パクトンムは受話器をそっと置くと、むっくり立ちあがりました。
「ミョンヒトンム、大丈夫だよ。すぐに帰ってくるさ。何かあったのかと思ったんだが……。もう行かなきゃ。でもそうならそうと……分隊長トンムも冷たいなあ……。くそっ、こんなことならぐっすり眠ってりゃよかった……」
かれはぶつぶつ言いながら出ていきました。
どたんとテントの戸が垂れると、夜明けの冷気が忍び込んできました。
(行ったんだわ……)。いまさらのようにこう思うと、胸にぽっかり穴が空いたようでした。
その後、交代をして床についた私は、眠るどころか、心がたかぶってどうしようもないのです。
私はテントを出て、松林の小道に出ました。まだ日はのぼってませんでしたが、半月にほぼ近い月がこうこうと輝く明るい夜でした。私はいつの間にか梅花山のふもとにつづく細道をぼんやり歩いていました。
左手の邑川江の岸には、五万山の怪物みたいに不気味な黒い影が、取り除かれてたまるかと言わんばかりにどっかり坐りこみ、無数の灯が山のふもと一帯に輝いていました。そして五万山の左右には、海州と下聖の両方から伸びた線路が月の光に照らし出され、早くつないでくれとでも言っているように、私には見えました。
私はなぜか、清津に電話をかけたあの日のことから、「食堂突撃隊」と「忍び作業」の日々を思い起こしていました。
調度山のふもとにたどり着いたときでした。例日の通り、山の背にカンテラの灯を見たのです。胸が騒ぎました。でも人の影はみあたらなかったんです。
「?……」
チルソントンムがいるとは思わなかったんですが、何かしらその光は私をさそうのです。山にのぼった私はびっくりしました。本当にいたんです。チルソントンムが……。なんとかれはいつか私たちが掘ったくぼみのそばの若松の下で、それこそ大の字になって寝ていました。
「⁈……」
私はぼうぜんとしてしばらくかれの寝顔をながめました。若松にかけたカンテラの細い火がかれの顔をかすかに照らしていました。よほど疲れたのでしょう。大きないびきまでかきながら寝入っているのです。
(つづく)
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