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短編小説「海州―下聖からの手紙」14/キム・ビョンフン作、カン・ホイル訳

2022年07月30日 09:00 短編小説

でもかれは、一度作業に出るとまったく別人のようになるのです。つるはしを持つと、顔は輝き、背中はものさしでも当てたかのようにピシッとして、そのりりしい姿は見違えるほどなんです。そしてときにはおどけたりするのです。

「実際、明姫トンム、ここまで来てコックになろうとは誰が考えただろう……ははは。この出っ張りめ、かなりしぶといな。どうだ、これでもか……」と、つるはしを力いっぱい岩かどの下に打ちおろしたりするのです。いつ見てもかれは、作業場でも一番岩が多かったり、ぬかるみのひどい隅の方で、黙々と一人で汗を流していました。

休み時間などには、よく一輪車にもたれ、なにかの本を開いて、線を引いたり、手帳に書き取ったりしてるんです。そのうち娯楽会に引っぱり出されるのですが、そんなときには決まって2小隊のアイドル、プンオクの「ノドル河のほとり」に合わせて踊るんです。それを見ては、みんなころげ回って喜ぶのでした。

そんなトンムが、その日に限ってついに姿を見せなかったのです。

午前1時過ぎ、私は宿舎に向かって、邑川江架橋を渡り、土手道を歩いていました。

河の右手に腰を下した、馬の背のようにすらりとした小高い山―梅花山の上にはほぼ満月に近い月が、ぼんやりと乳色のカサをかぶっていました。私の心は複雑でした。

「……一寸の虫にも五分の魂というのに、もし7月31日に、この邑川江の前で列車が立ち止まることにでもなってみろ。俺たちいったい、どの面ひっさげて歩くんだ!……」

先ほどのパクトンムのぐちが頭から離れません。私は果てしなく広い静かな夜空を見上げました。いてもたってもいられない気持ちでした。もしそうなれば、それこそどんな顔をしてこの美しい祖国の空をながめましょう。無性に泣きたくなりました。いったい、チルソントンムはどうしたのかしら? 昨夜自分にも考えがあると言ったのに……。

とりとめのない考えをめぐらしながら、私は梅花山のふもとの小道にさしかかりました。若松のおい茂る山の背をながめていた私は、一瞬足がすくみました。なにかの光が異様にちらついているんです。こわごわもう一度よく見ると、若松のなかに人影が目に写ったんです。

(まあ、いったい誰かしら、この夜中に……)

私、しばらく迷いました。そのまま行こうかと思いましたがやはり気になったので桶をおろすと、そっと登っていったんです。

どれだけ登ったのか、私はふと前方のシャベルを使う音を聞いたのです。松の間から頭を出した私は、もう少しであっと叫ぶところでした。なんとチルソントンムだったんです。

(つづく)

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