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「留学」について思うこと/韓翔昊

2024年02月05日 09:30 それぞれの四季

以前、日本の教育が資本主義的な価値観の中で商業化されていると書いたが、筆者はその最たる例が「留学」だと考える。

日本の大学では通常のカリキュラムに留学が組み込まれていることもあり、留学に行くのが当たり前な資本主義的価値観・風潮が醸成されている現状に危機感を感じる。ざっくりと言えば、資本主義国家にとって利益になるような社会構造を作るために、巧妙に印象操作をされているということである。

同胞学生が「留学に行く理由」を考えるとき、「キラキラした」資本主義的価値観・風潮に、むしろ「自分が留学に行く理由」を合わせるという現象が少なくないように思う。しかも、その理由に「在日コリアンの地位向上のために」や「在日朝鮮人のアイデンティティの大切さ」などを挙げるのは、自らそれを「消費する行為」ではないだろうか。

そもそも、在日朝鮮人にとっての「留学」を語るとき、「国籍」や階級の問題は切り離して語れないはず。在日朝鮮人にとって「国籍」が分断の象徴になってしまっている状況の中、留学という行為が、移動を制限される朝鮮籍の人たちを篩い落とした上で成り立つ「特権的」な行為であることに自覚的であるべきだ。そして経済的に困窮している人々が「留学」という言葉が出てきた途端、真っ先に零れ落ちることにも目を向けるべきだろう。

(兵庫県在住、留学同兵庫専従活動家)

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