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〈スニムのいい話 13〉アボジは神様

13朝鮮にとってゆかりの深い仏教と儒教、これらは何がどう違うのでしょうか。答えは、仏教は仏を祀り、儒教は神を祀るということです。

仏教とは、完成された人間になること、すなわち仏様の教えである悟りを得ることを言います。生きる苦しみ、年(老)をとる苦しみ、病気をする苦しみ、死ぬ苦しみなど、人生は四苦八苦と言われますが、これを乗り越え生きるための教えが仏教です。

では儒教は? 孔子の教え? 中国の宗教?

朝鮮の儒教は親の教えのことを言います。神がほかにあるのではなく、自分の親、自分の祖先が神様なのです。儒教ではチェサ(祭祀)を行います。これは先祖の供養をして、神様として祀る儀式なのです。

チェサではチバン(紙榜)を書きますが、アボジの場合は「顯考學生府君神位」と書きます。「考」は「父」と同じ意味で死後は「考」と書くのです。「學生府君」は生前のピョスル(地位)を表します。つまり「父が神となってここにいますよ」という意味です。

神様を朝鮮語でハヌニムと言います。「ハヌル(空)におられる方」、天上界にいる先祖のことなのです。

朝鮮民族にとって父親というのは絶対的な存在です。普段の生活でも父親の教えを守り、孝行しなければなりません。

(お話:尹碧巌・国平寺住職、イラスト:河美香・埼玉初中教員)

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