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〈今月の映画紹介〉裸のムラ/五百旗頭幸男監督

2022年10月29日 09:00 文化

“滑稽で危うい空気”

「今月の映画紹介」では、上映中または近日公開予定の注目映画を、月に1度、紹介します。

(C)石川テレビ放送

「政治家、公務員、有権者、マスメディア。 みんなそれぞれ一生懸命。だけど、やっぱりズレている?! 怒るか、笑うか、呆れるか…それは映画を観るあなた次第!」。

映画を紹介する記事やポスターに書かれたこのフレーズに、鑑賞前の期待値はグッとあがった。しかし観始めてすぐに抱いたのは「何これ」という困惑と混乱。そして鑑賞後に気づく。この作品に映し出されるのは、筆者がこれまで見ていなかった、あるいは見ようとしていなかった日本社会の縮図なのだということを―。

7期27年の知事生活を送った谷本正憲氏を見送る職員たち(C)石川テレビ放送

舞台は石川県。前・石川県知事で現職最長となる7期27年の知事生活を送った谷本正憲氏などの政治家たちと、金沢市を拠点に生活するムスリムの一家、大手IT企業などでの会社勤務生活から離れ、家族とともに車を拠点に生活するバンライファー…作品の登場人物は、誰一人として重なり合うことがない生活空間を持っている。本作は、これらの「ムラ」が石川県という「ムラ」の中に存在することを可視化させたドキュメンタリーだ。

テンポの速い展開、コミカルなタッチで観るものを引き付けたかと思えば、社会を構成する多様な人々が日々直面する矛盾や息苦しさから、多様さが尊重されない社会のいまをあぶりだす。まるで、「ムラ」という一つの箱の中に暮らす人々の暮らしを多角的に覗き込むような感覚に陥る。

(C)石川テレビ放送

作品の後半部では、保守王国・石川でなぜ長期政権が可能とされたのか、その構造が少しずつ浮かび上がってくる一方で、どこもかしこも「ムラ」の基準が「男たちの価値」であることを鋭く指摘する。極めつけは、ムスリム一家の次女が、監督に向けてはなった「わからないなら、わからないでいい」。この言葉にすべての矛盾が集約されていた。

メガホンを握ったのは、富山市議会の不正を丸裸にした映画「はりぼて」の五百(いお)旗頭(きべ)幸男。富山のチューリップテレビを辞した五百旗頭が、新天地の石川テレビで制作した2本のドキュメンタリー番組「裸のムラ」と「日本国男村」から本作は生まれた。

(C)石川テレビ放送

五百旗頭監督は、映画について「世の空気は政治や行政によって醸成され、市井の人々へと伝播する。今作は前作『はりぼて』のように明快に不正を暴くものでなく、この国のムラ社会を覆う空気を描いたものだ。目に見えないが、人々は簡単に流され、染められていく。その様は滑稽で危うい」と思いを語る。そしてこう続けた。

「一昨年、17年勤めた地方局を離れた。社会の空気はテレビ局をも支配し、官僚機構同様、忖度がはびこり同調圧力が強まった。ドキュメンタリーは作り手の今も映し出す。地方局内に染み込んだ空気により傷を負った制作者として、その源を探り、見えない空気を映像化するのは宿命だった」。映画は、[東京]ポレポレ東中野、[石川]シネモンドほか全国順次公開中。

(韓賢珠)

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