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〈今月の映画紹介〉戦争と女の顔/カンテミール・バラーゴフ監督

2022年07月23日 09:00 文化

女性の視点で描かれた戦争

「今月の映画紹介」では、上映中または近日公開予定の注目映画を、月に1度、紹介します。

© Non-Stop Production, LLC, 2019

ピ――――――。映画は、元女性兵の主人公イーヤが発作を起こし、一切の音が聞こえなくなるシーンからはじまる。まるで時が止まったかのように、戦争による心的外傷後ストレス障害(PTSD)で硬直状態になってしまうイーヤと、日常茶飯事と言わんばかりに「慣れた様子」で対応する人々の様子が描かれる。

第2次世界大戦直後の1945年、混乱期のレニングラード。戦地から戻り、傷病軍人が収容される病院で看護師として働くイーヤ。私生活では、イーヤの戦友で、もう一人の主人公・マーシャの子どもを預かり育てていた。度々起こる発作に悩むイーヤは、ある時、発作によって、わが子のように可愛がっていたマーシャの子どもを死なせてしまう。

戦地から戻ったマーシャは、その事実を知り、戦傷で子を産めない身体となってしまった自分に代わり、「心の支えに子どもが欲しい」とイーヤに思わぬお願いをした…。

映画の原案となったのは、ノーベル文学賞作家のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの著書「戦争は女の顔をしていない」。第2次世界大戦を経験した女性兵の証言集だ。同書から着想を得た本作は、戦後も「戦争が終わっていない」女性たちの存在を可視化させた。

© Non-Stop Production, LLC, 2019

18日、新宿武蔵野館での映画上映後、NHK「100分de名著」で「戦争は女の顔をしていない」を解説した、ロシア文学者の沼田恭子さん(東京外国語大学教授)によるトークイベントが行われた。

主人公イーヤの口が、誰かの手によってふさがれた本作のポスターについて「戦後長い間、女性志願兵たちが真実を口にすることができなかったことを象徴的にあらわしている」と語る沼田さん。とりわけ本作の注目すべき点として、「映画には戦闘の場面がまったくない」が、戦争を経験した二人の主人公の姿から、戦争とは何かを観客に投げかけていると話した。

「二人が戦場にいき、痛ましい経験をして、それが心身に残る。同時に二人は、まだ長い人生を生きていかなくてはいけない現実が目の前にある。作品の舞台は、痛ましい過去と、これから生きなければいけない苛酷な未来の結節点である1945年に設定されている」(沼田さん)

作中で、とりわけ印象に残ったのは、主人公の二人が紡ぐ「私の体は空っぽなの」という言葉。そして戦争経験を「語ることのなかった時代」に生きたマーシャが、戦地から戻り、手にした緑のドレスを着て踊り狂うシーンだった。

映画は、戦争構造に組み込まれた女性たちの姿を描くとともに、当時、互いに寄り添い生きる二人の女性が育む愛の形も伝えている。セクシャルマイノリティが生きづらい日本社会の現実にも重要なメッセージを与える作品だ。7月15日から公開中。

(韓賢珠)

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