公式アカウント

〈源流をたどる―食・工・建 7〉福井・焼肉せんだる

2022年04月10日 09:06 暮らし・活動

親子三代、地元客に愛されて

祖国解放後、1・2世の同胞たちは異国の地で生きる術として、焼肉をはじめとした飲食業、遊技業や土木・建築業など、さまざまな事業を開拓し、発展させてきた。古くから同胞、日本市民らに親しまれ、愛されてきたあの飲食店、町工場、会社はどのようにして生まれたのか。連載「源流をたどる―食・工・建」では、1・2世同胞たちのバイタリティと意志を継ぎ、同胞社会、朝鮮学校、自らの家庭のために、今を生きる同胞企業家、店主、社長たちの情熱と苦悩、葛藤を取り上げる。

福井県商工会によると、ソースかつ丼や越前そばをはじめとした名物グルメが数多くひしめく福井県内でも、同胞が営む飲食店のほとんどが焼肉店だという。その中のひとつ、焼肉せんだる(福井市米松2丁目)は、創業から50年近く地元の常連客に支えられながら3代にわたりその味を守りつづける続ける地域の名店として名をはせている。

生活のために

夕食どき。閑静な住宅街にたたずむせんだるは、平日にも関わらず大勢の客でにぎわっていた。

昨年4月にリニューアルしたばかりの店内はカウンターと座敷のテーブル席が数席と決して広くはないが、仕切りがなくどこか懐かしい雰囲気で、小さな子を連れた親子や仕事帰りとおぼしき中年男性など、幅広い層の来店客がまるでひとつの家族のようにわいわいと楽しいひとときを楽しんでいた。

「あるグループがお店で誕生日を祝っていたらほかのお客さんも一緒になって祝ったりして。うちはほとんどが近所に住む常連客なので、お客さん同士の仲もよくすごくアットホームな雰囲気が特徴です」

閑静な住宅街に位置する焼肉せんだるの店舗

2代目店主として店を切り盛りする金才淑さん(52)はそう笑顔を見せる。料理の味はもとより、金さんの明るい性格や丁寧な接客も人気の理由だ。

せんだるが創業したのは今から約50年前。金さんの母である権恵順さんが始めた。

当時、金さん家族の生活は決して裕福ではなかったという。父の金永洙さんは総聯福井県本部の副委員長や県商工会理事長、北陸初中教育会会長などを歴任し、地域同胞社会のために汗を流した。権さんもチョゴリ作りなどの内職をしていたが、金さん含め北陸初中に通う3人の娘を育てるために商売をはじめた。「千個の樽が並べられるくらい繁盛するお店に」という思いをこめ、「千樽」(せんだる)と名づけた。

しかしその思いとは裏腹に、創業当初の営業は順調にはいかなかった。

店主の金才淑さん(右)。常連で県商工会職員の金成俊さんとともに

「始めた当初はカウンターがメインの小さな店で、オモニは商売のイロハもまったくわからずお客さんも少なかった。同じく市内で焼肉店をはじめた同胞たちのやり方をまねたりいろいろと教わりながらどうにかやりくりしていた感じだった。家族の食事が後回しになるくらい、オモニが必死に働いていたのを今でも覚えている」(金さん)

苦しい状況の中でも家族の生活を守るため、権さんは日々試行錯誤し手探り状態で営業をつづけた。ときには永洙さんや学校帰りの金さん姉妹も店を手伝った。そうした地道な努力が実り次第に店が認知され常連客がつき、店舗の移転やバブル期が重なり開業から7年ほどで営業が軌道に乗った。

その後、現在の場所に店舗を構えてからも、権さんがほとんどひとりで店を支え続けた。「オモニは家族を支えるために本当に苦労したと思う」(金さん)。その甲斐あって、せんだるは地元民から支持され愛される焼肉店となった。

お客第一で

愛知朝高卒業後、朝銀職員や医療事務として務めた金さんは、結婚、出産を経てパートなどで働いたが、権さんが高齢によりひとりで営業を続けるのが難しくなってから店を手伝うように。3年ほど前に権さんが他界し、2代目店主として店を引き継いだ。

「店を継ぐとオモニに話したとき、『あんたには無理やわ』と釘をさされた。きっと、娘に自分がしてきたような大変な思いをさせたくなかったんだと思う。それでも今思うと、娘が店を継いでくれてうれしかったんじゃないかな」(金さん)

金さんのモットーは、居心地のよい空間を提供すること、そしてなにより、お客さんに心から楽しんでもらうことだ。

せんだるの大きな特徴のひとつが、一見、居酒屋と見間違えるほどのメニューの幅広さ。カルビやサガリ、ホルモンなどの豊富な焼き物はもちろん、鶏皮ポン酢、ハンバーグ、野菜炒め、オムレツ、グリーンカレーにいたるまで、実に多彩だ。特に、青唐辛子などをまぜた特性の辛口ぎょうざが大人気で、ほとんどの来店客が注文するという。

焼肉メニューはもちろん、ぎょうざなどの一品物も豊富だ(同店提供)

こうしたバラエティー豊かなメニューのほとんどが、常連客のリクエストにより考案されたもの。金さんは「お客さんが飽きることなく、また食べに来てほしいから」と、客の「無理難題」な要望にもなるべく応えるようにしているという。今では週3で通う常連客もいるとか。

「幼いころにこの店を手伝っていたときはわがままな客や酔っぱらって騒ぐ人もいて本当にいやな思いもしたけど、今のお客さんは本当に優しくて人がいい。おかげでやりがいも感じ、毎日楽しく営業できている」。金さんは営業中厨房に立つのが主だが、どんなに忙しくても会計には必ず自ら出向き、お客さんに足を運んでくれたお礼を伝えてコミュニケーションをとることを心がけているという。

昨年からは専門学校を卒業し、精肉の卸店などで修業をつんだ息子の弘煕さんと二人三脚で店を営んでいる。「オモニもだれかのやり方を見よう見まねでやってきて自分も肉の切り方などはオモニから習って自己流でやってきたので、学校や業者で専門知識を学んだ息子は頼もしいかぎり」。将来は弘煕さんが3代目として店を継ぐ予定だ。

昨今のコロナ禍により、不安定な営業状態が続いている。それでも金さんは「ゆくゆくは息子が店をしっかりと継げるよう必死に頑張りたい」と前を向く。

「いいお客さんたちに恵まれて、これまでやってこられた。オモニが苦労してはじめたこの店をこれからも守れるよう、お客第一を忘れずに営業していきたい」

(丁用根)

Facebook にシェア
LINEで送る