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〈新型コロナウイルス〉経済学から考える今後の展望と対応(1)/康明逸

2020年03月25日 09:46 主要ニュース

スマートで前向きな対応を

新型コロナウイルス感染症について世界保健機関(WHO)が3月11日「パンデミック(世界的な大流行)とみなせる」と表明した。世界的に株価が暴落するなど、経済へのダメージも深刻だ。同胞医療従事者に続いて経済学の同胞専門家に今後の展望と対応について聞いた。

世界的に新型ウイルス感染者と特定された者は本記事の執筆時点(3月23日午前4時)で35万人を超え、死亡者は1万6千人にものぼっています(AFP通信調べ)。ウイルスの流行は、人類の健康や生命への生理学的脅威となるばかりでなく、様々な経路を通じて生活や活動を停滞させ、さらなる大きな社会経済的弊害をも生じさせます。本連載では、新型ウイルスの流行が社会や経済、同胞生活に及ぼす影響と、今後考慮すべき対策について整理していきます。

防疫と社会経済活動のトレードオフ

現在、政府や自治体、学校・企業などの事業体によって敷かれている防疫体制の主なものは「クラスター(集団)対策」と呼ばれるもので、集団感染経路の特定と情報共有、感染者の隔離、感染防止のための行動自粛を通して、感染拡大を防ごうとするものです。また、手洗い・うがい・消毒・換気・マスク着用など、ウイルスによる副次的感染予防の徹底を奨励しています。これにより、日本国内では現在のところ、病床や医療機器の不足に陥ってしまうような爆発的な感染拡大には至っておりません。

人々に活動自粛を促す公衆衛生学的な防疫対策が不可避だとはいえ、それらは生産・就労・消費などマクロ経済活動を沈滞させ、ひどい時には経済そのものを破綻させる危険性を孕んでいます。またミクロ経済レベルでも、人々の生活を窮迫させ、個別企業の体力を蝕んでいきます。

「防疫と経済活動のトレードオフ」とも言えるこのような構造の下、日々の生活や社会経済活動への弊害を最小化してなるべく正常に近い水準を維持しつつ、防疫効果をいかに最大化していくかが、長期化の予想される今後のウイルス対策で重要になってきそうです。

本記事の読者には、年度の節目である4月を目途として活動の再開や正常化を検討している学校や地域活動の担当者、経営者の方々も多いのではないでしょうか。

マクロ経済や社会レベルでのウイルス流行の影響については、追って詳細に述べたいと思います。まずは、行動科学や行動経済学の先端研究に基づき、日々の活動の中で防疫効果を高める考え方と提案されているいくつかの方法について紹介していきます。

行動変容を促す「ナッジ(Nudge)」という発想

ウイルス感染経路となるクラスターを形成させないためとはいえ、人々の行動や生活をがんじがらめにルールで規制したり縛ってしまうのは、ストレスや不安を高め、「コロナ疲れ」を加速させてしまいます。

いまだ「大流行」には至ってはいない日本の現状では、感染者の少ない地域から少しずつ教育を含む諸活動を稼働させつつ、うがいや手洗いのような防疫行動を徹底して、ウイルスの侵入を防いでいくことになるでしょう。このとき、規制や統制と並行しながら、人々が自ら進んで防疫行動を選び取っていく「仕掛けづくり」を両立させていくことが重要となります。

最新の行動科学では、人々の選択肢を奪い行動を「統制」するのではなく、望ましい選択肢を自ら選び行動するように「誘導」することを奨励し、それを「ナッジ(Nudge)」と呼んでいます。この言葉は英語で「肘でチョンとつついて知らせる」という意味で、「より良い行動を行為者自らが気付いて選べるように導く」ことを含意します。ナッジに基づいた諸対策は、実践コストも高くなく、人々の自由意思を尊重するものであるとして、国際的にも非常に注目され、提唱者のリチャード・セイラー教授(シカゴ大・行動経済学)は2017年にノーベル経済学賞を受賞しています。

コロナ対策としてのナッジ

今年に入って、日本の内外ではナッジに基づいた様々なウイルス対策事例が提案され検証されています。日本国内では、環境省の主導する「日本版ナッジ・ユニット(BEST)」というプロジェクトの中で、ウイルス対策におけるナッジの活用が議論されています。例えば、京都府宇治市では、公共施設やショッピングセンターにおける消毒スプレーの使用を促すために、目立ちやすい矢印でスプレーまでの経路を示したり、手洗いや消毒を励行するポスターの文言に、(「〇〇しましょう(しよう)」のような勧誘的表現ではなく)「隣の人は○○してますか」という周囲の人の視線を利用した文言を取り入れ、その政策効果を比較検証しています[1]。そのうえで、実証的効果の確認された対策を広く取り入れることで、市民の行動を制約することなく、自発的な行動を促して防疫効果を高める様々な仕組みを導入しようとしています。

これから長いウイルスとの「戦い」になりそうです。取ってつけたような対策でお茶を濁してひんしゅくを買ったり、規制や統制一辺倒で疲れきってしまうのではなく、検証事例が豊富で周囲の理解や信用も得られやすいナッジに基づくスマートで前向きな対策で、活動再開の安心感を高めたいものです。

「規制」と「誘因」を両立する防疫の仕組みは、どのようにつくっていけばいいのでしょうか。継続して行動経済学者たちの主張する感染予防に対するナッジの活用事例について掘り下げていきます。


[1] 「行動経済学のナッジが消毒・手洗い行動に変容を及ぼす効果の検証について」、環境省『第16回日本版ナッジ・ユニット連絡会議』資料2(http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/16.html

(朝鮮大学校経営学部准教授)

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