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〈人物で見る朝鮮科学史 47〉世宗とその時代(6)

天文暦学の知識を伝えた朴安期

「天文類抄」の参縮図(オリオン座)

「天文類抄」の参縮図(オリオン座)

七政とは日月と5つの惑星のことで、「七政算」はその運行を計算する書という意味である。当時まで朝鮮の暦書は中国から伝わった「授時暦」を用いていたが、そこに記された数値は朝鮮とは異なる。そこで、集賢殿の学者たちはその原理を習得し、朝鮮の実情に合う暦書を作成した。それが「七政算」内編である。さらに、アラビアの「回回暦」を検討し天文理論を補充したものが外編である。ゆえに、当時の最高水準の暦書といえるが、その高い評価は「世宗実録」に収録されていることからもうかがい知ることができる。

「七政算」を中心とした朝鮮の暦学は日本にも影響を与えているが、特筆すべきは1643年に朝鮮通信使の製術官として来日した朴安期が、岡野井玄貞に天文暦学の知識を伝えたという事実である。というのも、岡野井玄貞は日本独自の「貞亨暦」を作成した幕府天文方・渋川春海の師であり、当然、何らかの影響を与えたと思われる。実際、渋川春海は「天象列次分野之図」と類似の天文図を残している。

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