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〈人物で見る朝鮮科学史 27〉道詵と風水地理

民族性と迷信的なものが混在 物質を、それ以上分割できない粒子から構成されていると考え、それをアトム(原子)と呼んだのは古代ギリシャの哲学者デモクリトスである。その約2000年後、イギリスの化学者ドルト…

〈朝鮮通信使来聘400年 3〉家康、秀忠、家光の国書

永遠に隣国との和好を望む 通信使の使命は、国王の国書を互いに交し、国王と国王の信が通い合うようにすることにある。 江戸城における国書の奉呈こそ、通信使行事の中心である。 徳川将軍は全国の大名をひかえて…

〈人物で見る朝鮮科学史 26〉海東盛国・渤海(下)

朝鮮史の正統な位置付け 渤海の科学技術に関しては不明な点が多いが、日本の記録に貴重な事例がある。それは、859年に来日した烏孝慎という人物が日本に天文暦書「宣明暦」を伝えたというものである。それより約…

〈続・朝鮮近代史の中の苦闘する女性たち 18〉舞踊家 崔承喜(下)

絶賛を浴びて 1934年5月22日、崔承喜の第1回新作舞踊発表会の当日、東京は数十年ぶりの台風で暴風雨に見舞われた。それでも会場となった日本青年会館は観客で満ちあふれた。そして魅力あふれる彼女の踊りに…

〈人物で見る朝鮮科学史 25〉海東盛国・渤海(上)

牙をむきだした力強い石獅子 高句麗は長い間の外来侵略者との戦いで疲弊し、ついには唐と新羅の連合軍によって滅びたが、その領土を回復すべく698年大祚栄によって建国されたのが渤海である。しばしば、新羅が高…

〈朝鮮通信使来聘400年 2〉江戸日本、最大の歓迎体制

100万人が人垣を作って見物 1607年、家康の要請を受け入れて第1次通信使が派遣された。主な任務は国書を交わすことで、両国の信を通い合わせることであった。なお1次から3次までは連行された朝鮮人を連れ…

〈人物で見る朝鮮科学史 24〉新羅の科学文化(番外編)

慶州最高の教育の場 2002年11月、筆者は全北大・金根培教授の案内で新羅の古都慶州を訪れたことがある。釜山大で開催された韓国科学史学会で「科学史における近世」という題で招待講演を行った翌日のことであ…

〈遺骨は叫ぶ 1〉発盛精錬所・朝鮮人労働者に血の制裁

東海に消えた「アイゴー、アイゴーの声」 「ここにもある。あっ、こっちにもある。」 十数人の報道関係者が騒ぎ出したのは、2006年12月8日の午後だった。場所は、秋田県山本郡八峰町八森の高台に広がる原野…

〈続・朝鮮近代史の中の苦闘する女性たち 17〉舞踊家・崔承喜(上)

崔承喜は、朝鮮の伝統舞踊を独創的にアレンジし、現代朝鮮民族舞踊発展の基礎作りに寄与した女性である。 1911年、彼女はソウルの裕福な両班の家庭に、4人きょうだいの末っ子として生まれた。聡明で勝気な性格…

〈朝鮮通信使来聘400年 1〉家康の執念・国交回復

豊かな文化遺産、日本にもたらす 今年は朝鮮通信使来聘400年の記念すべき年である。1607(慶長12)年から1811(文化8)年におよぶ朝鮮通信使の来聘は、江戸時代の朝・日関係を多彩にしたばかりでなく…