〈取材ノート〉やるか、やらないか


3~5日にかけて「ミレロフェスティバル」が行われた。発起人はJリーグ・横浜FCに所属する韓浩康選手だ。北海道から九州まで各地の朝高サッカー部から選抜された選手らが集結し、朝高選抜チームを結成。朝鮮大学校サッカー部や日本の強豪校と試合を行った。

朝高生らの交通費や滞在費などすべての費用を韓選手が負担し、朝高生らに夢を実現するきっかけを設けた。

韓選手は2016年に朝大を卒業し、Jリーガーに。17、20年にはブラウブリッツ秋田で2度のJ3優勝に貢献した。20年12月に横浜FCに移籍し、日本サッカー界の最高峰であるJ1に登りつめた。一見、華やかなプロ人生を歩んでいるようだが、その陰には並々ならぬ努力があった。

韓選手は朝大3年まで、出場機会が少なく、サブに甘んじてきた。練習後には、当時の監督である金載東さんと1万回ちかくボールを蹴ったことがあれば、小平から十条へ、東京朝高サッカー部の練習に参加したことも少なくなかった。こうして4年時にはスタメンの座を勝ち取り、プロスカウトの目にとまった。

韓選手は言う、「ウリハッキョ出身だからと夢を諦めるのではなく、それを強みにすることが大切だ。やるか、やらないかは自分次第だ」と。目指すは、朝鮮代表として26年のW杯に出場することだ。「Jリーグで結果を残して、同胞たちの期待に応える」と飛躍を誓う。

(全)