宋(960~1126年)の使臣、徐兢が著述した高麗図經には「高麗人蔘には生蔘と熟蔘の二種類がある」と書かれていて、この時期すでに加工品である熟蔘が開発されていて宋の国で知られていたことを示唆している。生蔘は人蔘の水分のため腐りやすく長期間の保存が効かないので、人蔘を乾燥して乾蔘とし生蔘の欠点を補うように工夫した。
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