短編小説「百日紅」 15/クォン・ジョンウン
2023年11月01日 09:00 短編小説クムニョは信号灯をかざして立った。
そのとき、ヒョン・ウヒョクが家の戸口を開けて飛び出してきた。
「どうした、事故なのか?どうして応答の汽笛が鳴らないんだ?」
列車は通過信号を受けると応答の汽笛を鳴らすことになっていた。
このときになって、やっとクムニョはわれにかえった。
「信号は送ったのですが…」
「信号灯がないじゃないか」
「ここに…」
クムニョは手をさし出した。
それは信号灯ではなく毛皮帽子だった。
クムニョは寝ぼけて帽子を持って飛び出したのだった。
ヒョン・ウヒョクは脱兎のような勢いで監視小屋に走り、信号灯を手にすると大きく輪を描いた。
停車しようと速力を落としはじめていた列車は、吐息をつくような汽笛をボーと鳴らし、速力をあげていった。
汽笛の音は夜空に尾を引くような余韻を残した。
寝まきを着たままはだしで飛び出してきたヒョン・ウヒョクは、肩を落として部屋にもどると、妻を呼んだ。しばらく沈黙が流れた。
「人民に対して罪を犯してしまった。規則を破ったのだ。社会主義建設をめざして疾走する列車に、ぼくはブレーキをかけてしまった…」
ヒョン・ウヒョクは、深くうなだれてすわっている妻の肩を見つめながら、きびしい口調でいった。
「ぼくたちにまかせられた任務が、たとえとるにたらない、そしてむくいられることすらない仕事だと仮定しよう。しかしそれは必要な仕事であり、したがって重要な任務なのだ。列車が一秒遅れるということは、われわれの社会主義建設がそれだけ停滞することと変わりない。だとすれば、任地が山であれ海であれ、選りごのみすることは許されないのだ。…それをきみは、いねむりをして…。きみは保線要員の妻らしくない。労働党員の妻らしくないというのだ…」
かれはしばらくことばをとぎらせて、さらにつづけた。
「きみは、党と首領の配慮にこたえるというこのことを、つねに心に刻み込んでおかなければならない…」
黙って聞いていたクムニョは、突然身をくずして泣き出した。
「労働党員の妻らしくない」ということばと、「党と首領の配慮にこたえるというこのことを、つねに心に刻み込んでおかなければならない」ということばが彼女の胸に深く突きささった。
(つづく)
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