【全文】〈抗議文〉「法の番人」としての役割を放棄した最高裁/「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を守る会、「追悼碑裁判」を支える会


6月15日、最高裁判所は「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を守る会が東京高裁の判決を不服とした上告を棄却した。

法の番人と言われる最高裁、憲法判断をするところと言われている最高裁。しかし、今回、上告の受理さえも拒否し、口頭弁論も開かず、門前払いするという決定を下した。

国家の最高法規である日本国憲法では国民主権を謳い、第21条「言論・表現の自由」が謳われている。

追悼碑裁判は、県当局が群馬の森で開かれていた追悼集会で、一部来賓や参加者のあいさつのなかで「強制連行」という言葉を使った、日本政府にたいする批判があったということから、追悼集会が政治的集会に変質したとの理由で10年更新と認めないことからはじまった。県立公園・群馬の森の建立許可条件である「宗教上の目的・政治上の目的等、特定の目的のために利用されないもので、そのような行事、管理などが伴わないもの。」とした約束違反があったというものである。

追悼碑は日本が朝鮮を植民地にし、アジア太平洋戦争を遂行する過程で、日本の労働力不足を補うために労務動員された朝鮮人、危険な労働環境のなか、過酷な労働によって異国の地で亡くなった人たちの無念な気持ちを追悼するために、日本人としての反省を込めて、群馬の森に建立した。2004年に群馬県議会で全会一致で趣旨採択し、群馬県が県立公園・群馬の森を提供し建立された文化的、歴史的素養のある建造物として認められたものである。

今回の最高裁の決定は、除幕式に県当局が参加していたにもかかわらず、10年を経て過去にさかのぼり、あいさつや発言を問題視し、規則を一方的、恣意的に解釈し、更新不許可にしたことを追認したに過ぎない。守る会が「言論・表現の自由」は最大限保障されなければならないと訴えたことにたいして、「憲法の番人」である最高裁が、その役割を自ら放棄したことに驚き、また怒りを禁じえない。「言論・表現の自由」はそんなに軽いものであったのか。言論や行動規制が強まる、その先の未来を憂慮せざるを得ません。

私たちは、アジアの平和と友好を願って建立したこの碑を存続させるために、さらに運動をすすめる決意である。

2022年6月20日