〈心・技・体~アスリートの肖像 4〉ビーチバレー・黄秀京さん


「朝鮮代表」に向かって前進/飽くなきチャレンジ精神

同胞初のプロビーチバレー選手である黄秀京さん(30)が目指すのは「朝鮮代表として国際大会に出場すること」。何事も恐れない貪欲な姿勢で、目標に向かって着実に前進している。

朝鮮で普及活動

照りつける日差しと潮風を浴びながら、砂浜の上でボールを追う。練習開始から3時間。集中力は途切れない。「後輩たちの道しるべに」。そんな思いを抱いているからこそプレーにも熱が入る。

快活な声でペアとハイタッチを交わす。「ナイスプレー!」。誰とでも打ち解けられる明るい性格と、まぶしい笑顔がトレードマークだ。

ビーチバレー・黄秀京さん

ビーチバレー・黄秀京さん

在日本朝鮮人バレーボール協会では2020年の東京五輪に6人制とビーチバレーの国家代表選手を輩出するために活動している。なかでも、2012年にプロビーチバレー選手としてデビューすると同年のJBVツアー・大阪大会で優勝候補を破って5位に入賞し、日進月歩の成長を遂げている黄選手は「名実ともに代表に一番近い存在だ」と同協会の金世正理事長は話す。

黄選手自身も東京五輪出場を目指しているが、朝鮮が国際連盟に加盟しないことには話が進まない。足がかりを作ろうと昨年7月に体連の協力のもと平壌を訪れて、現地の体育団でビーチバレーの普及活動に努めた。

様々な働きかけによって、朝鮮におけるビーチバレー熱が徐々に高まっているという。

元々はインドアバレーの出身。東京第4初中から、より高いレベルを求めて大阪朝高に入学。「プロになりたい」という強い気持ちがカンフル剤となり、和歌山に住む親戚の家から片道2時間半かけて通学し、つらい練習にも耐え抜いた。

強豪校の日本女子体育大学で3年からレギュラーに定着すると、持ち前の明るさと実力を存分に発揮して4年時は副主将として活躍。卒業後は実業団で中心選手としてプレーし、V・チャレンジリーグ(社会人2部)で唯一の同胞選手として輝きを放ち続けた。

変わった風向き

 朝鮮代表として国際大会に出場するために全力で練習に取り組む

朝鮮代表として国際大会に出場するために全力で練習に取り組む

ビーチバレーとの出会いは、大学時代の先輩から練習に誘われたのがきっかけだった。足場や風に悩まされ思い通りにプレーできない「悔しさが募るほど向上心が掻き立てられた」。スポーツ人生の舞台を移す決断を下すまでに、時間はかからなかった。

様々な選手とペアを組む過程で実感するのは対話の大切さ。もっとも「ウリハッキョで培った人間力がある分、関係を築くのはそれほど難しくない」と笑みを浮かべる。

これまでの道のりは順風満帆に映るかもしれないが、昨年には現役生活を脅かすほどの猛烈な逆風が吹きつけた。

昨年8月、長期間の体調不良のため医師にかかると「バセドウ病」と診断された。甲状腺ホルモンが多量に分泌され、代謝が高まる病気だ。練習や試合で尋常ではない疲労感を感じ、食欲過剰のため体重に大幅な変化が見られていたという。「休息をとっても症状は治まらなかった」。

そのような状態でもドクターストップを振り切って「前半戦の山場」となるジャパンレディース2014に出場したのだから、意思の強さには脱帽するしかない。

手術後、早期復帰を目指してピラティス・スタジオや整骨院に通い始めると、同胞スタッフが継続的にコンディションを整えれるように便宜を図ってくれた。

以前はバイトを掛け持ちしてどうにか大会や遠征の費用を捻出していたが、6月に金剛保険株式会社がスポンサーとなり、ユニフォーム、練習着、腕章の提供以外にも様々なサポートを得られるようになった。7月のJBVサテライト第3戦・高萩大会で11ヶ月ぶりに公式戦に復帰。風向きは確実に変わりつつある。

「感謝の気持ちは言葉では言い尽くせない」。結果を残し、自身の存在と価値を証明することが何よりもの恩返しになると信じている。仕事しながら1日6時間以上の練習を課すのもそのためだ。

同胞社会における「ビーチバレーの知名度向上と普及」という課題をクリアするための活動も進めたいと意欲は高い。飽くなき挑戦は続く。

(李永徳)

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