〈同胞美術案内 7〉全哲/読者惹きつけた4コマ漫画
2007年11月28日 00:00 文化在日朝鮮人の歩みをたどる
漫画の命は線である。連続する一定の大きさの枠内に、その線で描かれ息を吹き込まれたキャラクターがさまざまな動きを見せる。一定の大きさの枠-「コマ」-の中にはキャラクターのみならずセリフの書き込み部分-「吹き出し」-がある。普通のセリフは風船の形をした吹き出しに、叫び声や驚きはとげとげしい吹き出しに、想像や心の中のセリフには泡の形の吹き出しに書き込まれる。このように「吹き出し」は「コマ」同様にさまざまであり、作者の個性が現れる。
漫画には「コマ」や「吹き出し」といった、映画や小説などの他の表現分野にはない表現形式があり、さらに、一連のストーリーを持つ。以前漫画は子どもの読み物とされていたが、前述のような漫画特有の表現形式が大きく発展したことに支えられ、そのストーリーは人や人類の運命、生死、国家や世界、歴史を舞台にした壮大なものとなり、読者層は実に幅広くなった。
とりわけ「4コマ」は漫画の中でも最も身近な形式である。4コマ漫画は、文字通り4つのコマのみで構成され、単純な起承転結のストーリーを持つ。4コマだけで読者を惹きつけ、笑わせ、そして考えさせもする。
朝鮮新報の前身である解放新聞に10代の頃より4コマ漫画を連載した漫画家・全哲の漫画にはどのような特徴があるのだろうか。
「トルトリ」は彼の最初期の作品である。作品1は1950年代初期の作品である。3本の線で部屋の隅を表現するという簡潔な空間表現を用いる。3コマ目の主人公の厳しいセリフとともに4コマ目の「亜、蟹」の文字の3つの異なる表現が、画面の状況と雰囲気を充分に伝えている。
作品2は同様の「トルトリ」。50年代中ごろの作品である。作品1との大きな違いは画面に奥行きが生じている点である。作家自身が細いペンを利用するようになったのであろうか、たなびく旗や観客など、細かな書き込みが見られ、ざわめく運動会の様子が伝わる。セリフをいっさい用いずにストーリーを展開させ、3コマから4コマへの雲型の枠が、トルトリのオモニ(母)への想いを表している。
作品3は80年代初期の「イプニ」である。外巻きにカールした髪にリボン、好奇心旺盛な目と大きな口が特徴の愛嬌たっぷりの主人公である。1コマから3コマへ、ハルモニ(祖母)の回想部分を巧みに織り込み、在日朝鮮人の歴史とそれを伝え継ぐことの重要性を描いた。
作品4は80年代末の「ハンギョレ先生」である。太い眉と軽く突き出た下唇を特徴とする医者がさまざまな患者と出会う。視力の悪い患者を相手にハンギョレ先生は終始困った様子である。しかし4コマ目に患者が「祖国統一が見える」と言うと表情が一変し笑顔で患者に振り返る。人にとって「見える」ということの根本的な意味を考えさせると共に、統一への想いを明るい場面で伝える。
作者・全哲(1925-2005)の作品は4コマ漫画だけでも数百点に及ぶ。前述の作品に加え、トラが主人公の「ポムトリ」(80年代中頃)、最晩年の「トンイル氏」(参考作品参照)。親しみ深いキャラクターと角ばった吹き出し。取り上げた内容は、在日同胞の生活の中に溢れる親孝行や兄弟姉妹愛、友情、近所付き合いなどであり、さらに特徴的なのは文盲退治運動や女性解放運動、午後夜間学校、4.24教育闘争などの歴史伝承、89年の第13回世界青年学生祝典、2000年北南会談などを取り上げた点である。全哲の手がけた作品を見れば在日朝鮮人の歩みをたどることができるのである。
同胞との楽しい会話を好んだという全哲。妹への手紙に「.祖国のために、同胞のために仕事をしたいという意欲がわくよ」(99年末の手紙より)と綴り、最期まで祖国の平和を祈り、同胞と学生を想った。日本生まれの在日2世の美術家である。
(白凛、東京芸術大学美術学部芸術学科在籍・在日朝鮮人美術史専攻)
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