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「朝鮮通信使来聘400年」の連載を終えて、再び/平和な関係を望む

朝鮮と日本の2000年の交隣の歴史 通信使を知れば江戸時代がわかる。通信使研究が深まれば江戸の姿は今とは違う様相を見せるであろう。そんな時節の到来が楽しみだ。 今回の通信使の話の連載は、在日同胞の朝・ [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 12〉江戸の通信使とオランダ人

〈朝鮮通信使来聘400年 12〉江戸の通信使とオランダ人

2千人の大行列を百万群集が見物 今の日本人は、長崎が海の表玄関であったと思い込んでいる。 しかし、江戸の人たちは、通信使が国賓であり、オランダ商館長は一介の異国の商人に過ぎないことを知っていた。 通信 [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 11〉朝鮮・清・日本を結ぶ

〈朝鮮通信使来聘400年 11〉朝鮮・清・日本を結ぶ

使節往来、友好200年 朝鮮は、清と日本に国の使節を送り、三国の国際交流を結んだ。 朝鮮は、日本に清国の情報を知らせ、清には、日本の動向を伝えている。 通信使の派遣と、東莱と対馬の定期的往来によって、 [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 10〉画員と絵師の交流200年

朝鮮の美術に高い関心 南画の大家である池大雅が、富士山の画法について問い、通信使画員の金有声がそれに答える。 外国の一流の画家たちと直接会って語り合う。こんな願ってもない交流の場を、江戸の絵師は通信使 [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 9〉歓迎された朝鮮良医

「東医宝鑑」は吉宗座右の書 朝鮮は医学先進国であった。 刊行された医学書は、200種類にも及ぶ。その最高峰の医書が「東医宝鑑」で許浚という国王の主治医が著した(1613年)。徳川吉宗は、この書物を生涯 [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 8〉朝鮮物産の日本国産化

木綿、陶磁器、朝鮮人参などの貴重品 日本では朝鮮の物産が国産化された。磁器、木綿、朝鮮人参などである。日本で茶道が盛んになると、李朝の磁器は日本で宝物のように珍重された。 秀吉の戦争を「焼き物戦争」と [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 7〉倭館と出島

外国との貿易の2大拠点 清・朝鮮・日本は、海外貿易を政府が独占し、許可のない海外交流を禁じた。解禁時代である。国を閉ざしたわけではないので「鎖国時代」と呼ぶことは正しくない。 かえって江戸時代の方が、 [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 6〉江戸の学問と政治理念

〈朝鮮通信使来聘400年 6〉江戸の学問と政治理念

文武忠孝を励し、礼儀を正す 「日本の武士は、戦国時代では『切り取り強盗は武士の習い』という言葉のとおり、文化や道徳とは縁遠い野蛮人であった」(「漢文の素養」加藤徹) 天下を平定した徳川家康は、武力に代 [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 5〉江戸日本と朝鮮の貿易

日本の衣料革命をもたらす 「17~19世紀に朝鮮と清、朝鮮と日本間の貿易はどの時代よりも活発に展開された」と、「朝鮮商業史」は評価する。 あまり知られていないが、江戸・日本と朝鮮は、最大の貿易取引国で [...]…

〈朝鮮通信使来聘400年 4〉通信使江戸に行く

仇敵に拝礼、涙流し憤慨 通信使派遣が決定されると、国王は正使、副使、従事官の三使を任命する。 品格があり、学識豊かで、容姿の優れた者を選ぶ。何しろ朝鮮国を代表して外地に行くので、国威を辱めない人物を選 [...]…

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