連載を終えて 2011年5月18日から今日まで60回に亘って朝鮮仏教の歴史を掻い摘んで見てきた。慣れない名前や言葉が多くて分りづらいというお叱りをいただいた反面知らなかったことが多く資料になるので切り [...]…
在日「仏連」の初代委員長に 国を追われ涙で越えたアリラン峠と玄界灘の荒波、「亡国の民は葬家の犬よりも惨め」だと言う言葉の通りわが同胞たちは日本全国各地の炭鉱やトンネル、鉄道、道路や建設現場で餓えと涙の [...]…
僧侶たちに独立運動参加促す 新羅第27代善徳女王(ソンドクヨワン)15年(646)慈蔵律師(チャジャンユルサ)によって創建された通度寺(トンドサ)は朝鮮の三宝寺院(サンボサチャル)の一つとして広く知ら [...]…
戦火から寺を救う 1938年10月25日ソウル市内に朝鮮仏教の総本山である太古寺(テゴサ)(現在の曹溪寺(チョゲサ))大雄殿(テウンジョン)が落成した。太古寺を建てるにあたっては朝鮮の伝統的建造物であ [...]…
「地獄で極楽を見てきた」 壬辰倭乱(インジンラン)(1592ー1597)の祖国存亡の危機に際し西山大師(ソサンデサ)や泗溟大師(サミョンデサ)が命を顧みず僧軍を率いて決死の戦いを繰広げた様に韓龍雲は西 [...]…
獄中で書いた「朝鮮独立の書 韓龍雲(ハンヨンウン)(忠清南道洪城郡に生まれ、1879~1944、俗名・裕天(ユチョン)、号は萬海(マンヘ)は1908年5月から10月までの約5か月間日本に滞在し、東京や [...]…
「寺刹令(サチャルリョン)」の縛りを退けて 500年にわたる朝鮮王朝の仏教弾圧を受け宗派・宗名もなくしてしまった朝鮮仏教を復活させるため1908年に全国の僧侶代表が集まり圓宗(ウォンジョン)を立ち上げ [...]…
近代、日本の侵略 日本の侵略により、国を亡くし自分の言葉さえも奪われた我が民族は8.15祖国解放まで亡国奴として耐えがたい苦難の歳月を過ごした。 自分の言葉さえ話せず先祖代々の姓名を名のる事も禁じられ [...]…
朝鮮 僧侶の城内立入解禁 朝鮮王朝太宗(テジョン)(3代・1400-1418)の仏教排斥以来多少の一時的な変化の時代があったとしても一貫した抑仏政策の下、僧侶たちは迫害を受け都の城内に立ち入ることが禁 [...]…