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〈ヘイトの時代に 3〉繰り返されたヘイト、蘇るトラウマ/京都襲撃事件10年に際してヘイトデモ

また、起きてしまった。やりきれない思いでいっぱいだった。

3月9日の京都市の四条通。観光客でにぎわう繁華街の真っただ中で、ヘイトデモが行われた。デモは2009年から10年にかけ起きた「京都第一初級襲撃事件」から10年が経つことを「祝う」と称したもの。ヘイトデモ参加者はわずか4人であったが、「ゴミはゴミ箱に、朝鮮人は朝鮮半島に」などとヘイトスピーチが撒き散らされた。

1台の車両と1人の歩行者から成るヘイトデモ隊を、100人以上の警察機動隊が取り囲みながら進んでいく異様な光景。それを多くのカウンターが体を張って食い止めようとした。関西では初めてとなるシットインも行われた。しかし、抗議者たちは警察に次々と排除され、ヘイトデモ隊は四条通を警察の保護を受けながら抜けていった。

デモに出発する乗用車(中央奧)に対してヘイトスピーチ反対の意思を示す市民ら=京都市東山区で2019年3月9日、中山和弘撮影

「見ていられなかった」と京都中高オモニ会の朴錦淑会長(47)は嘆く。デモが終わった後、ニュースや写真を目にしたが、あまりの酷さに映像を見続けることができなかった。「文章では、参加者はたった4人で、逃げるような、みっともないデモだったと書いてあったけれど、実際見てみたらそんなものじゃなかった。『こんなんが行われてしまったんやな』って」。そう言ってうなだれた。思い出したのは10年前のこと。ヘイトの現場となった京都第一初級には、初級部高学年だった娘がいた。今でも不意に事件の映像が流れると体がこわばる。

ヘイトデモは京都中高の中級部卒業式の日に行われた。学校もここまでの騒動を想定しておらず、生徒らに呼びかけなどは行われなかった。「四条通は子どもたちも普段から遊びに行く場所。あんなのに誰かがもし、遭遇したらと思うと…」。朴さんの言葉はそこで途切れた。

「京都第一初級襲撃事件」は子どもたちの心に今も残る傷を残し、その後の裁判でも「人種差別であり違法」とされた。それを「祝う」としたデモに、警察は道路の使用許可を与えた上で、ヘイトスピーチが「問題なく」続けられるよう保護を続けた。

龍谷大の金尚均教授は、ヘイトデモを「止めることはできた」と話す。

金教授は、16年に成立した「ヘイトスピーチ解消法」(以下、「解消法」)に照らし「法が示している明確な差別的言動に対して、まずは現場の警察が京都府警として注意するなりはあってよかった」としながら、「『解消法』の差別的な言動が公で行われたことについて、公安条例における『公共の平穏』の侵害と読めなくもない。その中でデモを禁止させるということもありえたのではないか。それが『解消法』がある時とない時の違い」だと訴える。その上で「一番すっきりするのは解消法の改正。だが、それができていないのなら自治体が条例で対応すべき」だと指摘する。3月9日の騒動は、「解消法」成立後3年が経つ今も確信犯的に明確なヘイトスピーチを繰り返すレイシストに対してさえ、具体的な対応が取れない現状に問題を投げかけていた。

「分かってるなら止めてほしい」

それだけでは終わらなかった。

3月29日に告示された京都市議選に極右政治団体「日本第一党」から候補者が出馬。その党首である桜井誠が4月3、4日にかけ、京都市内で演説を行うことが分かった。桜井党首は差別主義団体「在日特権を許さない市民の会」(以下、「在特会」)の元会長で、団体のメンバーの中には、10年前の事件で有罪判決を受けた在特会の元幹部も含まれている。同党が事前にインターネット上で公表した情報によると、党首は生徒の登下校時間である午前8時や午後5時に、生徒らが通学で利用する京阪線「出町柳」駅や登下校路である銀閣寺で演説を予定していた。演説が地域の有権者ではなく、生徒たちを狙っていることは明らかだった。

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