Facebook

SNSで共有

〈それぞれの四季〉「育てる」という意味/崔美澪

先月、ウリハッキョで卒業生一人の高級部卒業式が行われた。中学1年生のときにウリハッキョに編入してきて、徐々に「ウリ学生」になっていく姿に喜びを感じながら接してきたのを、今でも鮮明に覚えている。

卒業式当日、堂々と卒業生の決意を述べる彼の姿を見て、涙が止まらなかった。それはウリハッキョで多くを学び、巣立とうとしてる彼の姿があまりにも輝いていたから。また彼の卒業を心寂しく感じるなど、いろんな感情が入り乱れていた。そのとき、「自分たちは『人間』を育てているんだな」とつくづく感じた。

数日後、朝鮮新報で長年、記者として活動された朴日粉さんの講演「朝鮮3.1独立運動100周年に際して」に参加する機会があった。

講演の終盤に朴さんは、在日朝鮮人は常に「朝鮮人とはなんぞや」と、そして「次の世代を立派に育てなければいけない」とおっしゃった。そのとき、自分ははっとした。「そうだ。自分たちは朝鮮人を育ているんだ」と再認識した。どんな困難があっても、どんな回り道をしなくてはいけなくとも、これを忘れてはいけない。

どんなときでも現状に屈することなく、生徒たちのために何ができるだろうかと自問自答しながら、日々を過ごしている。

(札幌市在住、教員)