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無知からの憶測、偏見、差別/ハンセン病資料館記念講演会ゲストに宮崎駿監督

講演会には抽選で110名が参加する一方、応募総数は5倍にのぼった。

ハンセン病資料館開館25周年を記念し、故・金相権さんを偲ぶ記念講演会が1月27日、東京都東村山市の国立ハンセン病資料館で行われた。金さんは、昨年1月に亡くなる前まで資料館を支え、ハンセン病に対する正しい理解を広めるための語り部活動に尽力してきた。ゲストに金さんと長年交友のあった映画監督の宮崎駿さんが訪れた。

金さんは、1931年に朝鮮半島全羅南道で生まれ幼少期に渡日。14歳でハンセン病を発病し、翌年から群馬、山梨、西東京など各地で療養所生活を送った。1993年に現資料館の前身となる「高松宮記念ハンセン病資料館」の設立以後は、同資料館運営委員、語り部という二足のわらじを履き、06年から17年までは、療養所・多磨全生園の入所者たちがつくる自治会の会長を務めるなどハンセン病患者・回復者運動の中心に立ってきた。

ハンセン病、そう聞いてどれだけの人々が、正確な知識を持ち語れるだろうか。ハンセン病が「恐ろしい伝染病」だといわれたその昔、日本では1931年にすべての患者の隔離を目指した「癩(らい)予防法」の成立を機に、政府主導での「ハンセン病絶滅政策」がとられ、患者たちは、隔離され収容されたあげく、社会の偏見と差別のもとで閉ざされた生活を強いられていた。その中には、多くの在日同胞患者たちも存在し、金さんもまたその一人であった。

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