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〈事実は語る―朝米合意を破ってきたのは誰なのか(上)〉朝鮮半島の分断と核戦争威嚇/李東埼

第2次大戦後の米国の一貫した政策

1953年7月27日に停戦協定が締結されたが、その2カ月後、米軍の無期限駐留を規定した「韓米相互防衛条約」が結ばれ、57年には核兵器まで南朝鮮に配置された。

朝米間のこれまでの核合意を破ってきたのは朝鮮側だとのマスコミ報道が一般化されている。これは、白を黒と言いくるめる厚かましいデマである。事実によって検証してみたい。

▲「北朝鮮は『核開発はやめる』と言いながら、それを続けてきたから、米国は『何度もだまされた』と言い、日本でもそう思う人が多い。/だが北朝鮮の核問題を長年見詰めてきた者から見れば、六者共同声明や平壌宣言で合意した非核化が頓挫したのは、米国や日本側が約束した支援などを履行せず、逆に制裁に向かったのも一因だ。/今後の米朝会談でも同様の結果にならないか、と案じざるを得ない。」(軍事ジャーナリスト田岡俊次「北朝鮮『完全』非核化を求める強硬論が危険な理由」週刊ダイヤモンド・オンライン、2018.5.10)

▲金大中、盧武鉉の両政権で統一部長官を歴任(2002.1~2004.6)した丁世鉉はこう言っている。「米国が合意した通り履行したなら、北韓は核を持たなかったであろう。」(韓国月刊誌『新東亜』2017年9月号)

▲カーター元大統領は2006年11月3日、ブルンバーグ・テレビでのインタビューで、ブッシュ大統領が北朝鮮を「悪の枢軸」と規定した2002年まで米朝枠組み合意は守られており、北朝鮮が約束を破ったとの主張は「完全なウソで、でたらめ」だと指摘した。同元大統領は“2002年に米国が北朝鮮を「悪の枢軸」と規定して、米朝合意を事実上破棄した”との認識を示したのである。(カーター元大統領は1994年6月、平壌に飛び、第一次核危機収拾に貢献、同年10月の米朝枠組み合意=朝米基本合意文締結のきっかけをつくった人)。

▲朝鮮半島核問題を一貫して追跡してきた米社会科学調査評議会北東アジア安保プロジェクト部長レオン.V.シーガル氏も「(核交渉が進展しないのは)われわれが約束を反故にし続け、敵対関係を終わらせるために動いていないからだ」と述べている。(『中央公論』2009年5月号)

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