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「松代大本営」動員朝鮮人2600人名簿/朝大朝鮮問題研究センター・金哲秀副センター長に聞く

強制連行実態解明の手掛かりに

アジア太平洋戦争末期、国体護持(天皇制の維持)と戦争遂行の国策のために旧日本軍は、天皇・陸軍参謀総長・海軍軍令部総長で構成される最高統帥機関である「大本営」と皇居を長野県北部松代へ移転する計画を立案した。松代大本営地下壕工事には300万人の人々が動員され、約7千人いたとされる朝鮮人労働者の内、少なくとも5回にわたって約4千人が強制連行されたことが証言から明らかになっている。長野県内の朝鮮人労働者2600人の名簿や輸送計画などが記された史料「帰鮮関係編纂」「内鮮調査報告書類編冊」について、朝鮮大学校朝鮮問題研究センター・金哲秀副センター長に聞いた。

– 「帰鮮関係編纂」について

「帰鮮関係編纂」と「内鮮調査報告書類編冊」は、2004年6月に出版された『特高警察関係資料集成』第32巻「水平運動・在日朝鮮人運動」「国家主義運動」(萩野富士夫編、不二出版、2004年)に掲載されている。もとになった史料は、国会図書館の憲政資料室にマイクロフィルムで保管されている。

名簿の多くは「帰鮮関係編纂」と記された史料にあった。

「帰鮮関係編纂」には、1945年に長野県が作成した「集団朝鮮人帰鮮輸送計画資料」と、松代大本営地下壕工事を担当した「西松組」の松代出張所長名で県知事宛てに提出された「移入朝鮮人労務者名簿」が含まれている。

「集団朝鮮人帰鮮輸送計画資料」は、長野県内の朝鮮人の集団帰国に関する史料で、就労事業者名・企業責任者名・帰鮮者数・乗車駅・輸送責任者などが明記されている。

2600人の朝鮮人名簿の大半は、「移入朝鮮人労務者名簿」に含まれており、本籍地・氏名・生年月日・年齢などが記されていることから、大変貴重な資料といえる。

朝鮮人強制連行真相調査団は03年に、強制連行された朝鮮人42万人の名簿を公開したが、ここには長野県内の2600人の朝鮮人名簿は含まれていない。これまで活用されてこなかった史料だといえる。

これらの名簿は、朝鮮人を動員した各企業が敗戦後、朝鮮人を帰国させるために帰国希望者をリストアップし、まとめたもの。県内で朝鮮人の帰国輸送計画作成のための帰国希望者調査が始まっていたことを示す史料となる。

– 「内鮮調査報告書類編冊」について

「内鮮調査報告書類編冊」に含まれる「半島人輸送資料」には、長野県内の朝鮮人帰国予定者が約8千人いたことが記されている

「内鮮調査報告書類編冊」は、1945年9月中の県内の工事現場に集住する朝鮮人の集団帰国に関する各企業、警察(特高)の報告となっている。

「内鮮調査報告書類編冊」に含まれる「半島人輸送資料」と題した文書には、県内の警察署ごとに朝鮮人の人数がまとめられており、把握されていた帰国予定者数が約8千人であったことがわかる。

「内鮮調査報告書類編冊」の1ページ目には、45年9月18日付で特高課外事から動員課長他4課長に宛てた「集団朝鮮人ノ第一回帰鮮輸送二関スル件」と題する文書が掲載されており、第1回の輸送計画として9月19日から21日にかけ、「戸田組」「西松組」「丸太組」の400人を輸送する計画が記されている。

敗戦後の朝鮮人帰国と関連しては、45年9月12日に朝鮮人の軍人・軍属と「集団移入労務者」の輸送に関する指示があり、12月まで日本政府とGHQの計画に基づく「集団移入労務者」らの優先輸送が行われた。「集団移入労務者」とは、強制連行され、労働に従事した朝鮮人を指す。2600人名簿の中にも、一定数の「集団移入労務者」が含まれているとみることができる。

この文書で注目すべきは、

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