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京都・宇治川畔に「尹東柱 記憶と和解の碑」除幕/平和と人間の尊厳の発信地に

「詩人 尹東柱 記憶と和解の碑」が、京都・宇治市志津川の宇治川沿いに建立され、10月28日、午前、除幕式が行われ、午後には「記念のつどい」と祝賀宴が市内の日本基督教団宇治教会で行われた。12年前、日本市民らの手によって「詩人尹東柱記念碑建立委員会」(代表=安斎育郎立命館大名誉教授)を結成して以来、市民からカンパを募り、生誕100年に当たる今年、詩碑の建立にこぎつけた。現地で開かれた除幕式には雨の降りしきる中、安斎名誉教授ら関係者にまじって、市民、同胞ら230人が参加した。

詩人尹東柱 記憶と和解の碑の除幕式

京都・宇治に

宇治川は尹東柱が在学中に友人と訪れ、天ケ瀬つり橋で人生最後の写真を撮り、飯ごう炊さんを楽しんだゆかりの地。記念碑が建立されたのはこのつり橋から約300メートル上流の白虹(はっこう)橋のたもと。「記憶と和解」の碑は、高さ約2メートル、幅1.4メートルで、日本産と朝鮮半島産の花崗岩が一枚ずつ使われた。それぞれの板石前面に尹東柱の詩「新しい道」がハングル、日本語で刻まれた。中央は尹東柱を象徴する円柱の石が双方を包摂するようなデザインだ。碑文には、尹東柱の短い生涯が詳述されており、「1943年7月、朝鮮独立運動への関与を理由に治安維持法違反容疑で逮捕され、懲役2年の刑を受けて福岡刑務所に収監、1945年2月16日、27歳で獄死した」と刻まれている。ただ、当時、福岡刑務所は九州大学医学部の生体実験と深く関わっており、尹東柱もその生体実験によって「殺された」とする説もある。しかし、日本当局はいまだに隠ぺいしており、その死の真相は闇に葬られたままである。

碑に刻まれた詩「新しい道」の原文

除幕式では昨年、京都で上演された音楽と朗読による構成劇「いのち輝く宇治川のほとり」に、尹東柱役で出演した弁護士の毛利崇さんが、「誓いの言葉」を述べた。毛利さんは「かつて、日本をはじめとする国々が帝国主義という考え方のもとに、世界の多くの人々を殺していった。恥ずかしながら、私は、詩人・尹東柱がその犠牲者であったことを永い間知らなかった。しかし、縁あって、朗読劇でその役をやって初めて、その人生や詩を知った。尹東柱を継承していくことが、かつての悲劇を二度と繰り返さないことにつながると確信して、この運動に微力ながら参加をしてきた」と述べ、日本や世界が侵した罪をしっかり認識して、その教訓を生かして、無辜の多くの人々を二度と殺すことのないように平和な世界を築いていこうと力強く訴えた。

尹東柱の足跡を刻んだ碑文

また、尹東柱のおいで成均館大教授の尹仁石さん(61)は「この詩碑が世界の平和と人間の尊厳を確認する発信地となることを祈っている」と語った。除幕式は参加者全員で、かつて、学友の前で尹東柱が歌ったといわれる「アリラン」を合唱した。

除幕式に参加した小倉紀蔵京都大学大学院教授は、人々の尽力によって詩碑が建立されたことを喜ぶと同時に、尹東柱が朝鮮語による詩を綴り続けた詩人であることに思いを致したと述べ、「日本人がすべきことは、朝鮮語をもっと学び、朝鮮の思想、文学、詩を原語で触れることの大切さである。それが朝鮮人の心を知り、深く理解することではないだろうか」と語った。

一方、除幕式に際して、オランダ戦争記念館を代表してオランダ国立戦争・ホロコースト・虐殺研究所のエリック・ソーメルス氏からメッセージが寄せられ、「尹東柱を追悼することは、過去・現在・未来を通じて、よりよい社会を創造する側に与することだ。この詩碑は過去を現在に活かし、人々に真の社会、公正で敬意に満ちた社会のために貢献することに気づかせてくれるだろう」と讃えた。また、ジュネーブのロジャー・メイヨウ赤十字・赤新月博物館館長、ハーグのピーター・ヴァン・デン・デュンゲン「平和のための博物館国際ネットワーク」名誉統括コーディネータらからもメッセージが届いた。

(朴日粉)