「関東大震災時朝鮮人虐殺」山田昭次氏の講演会
2013年05月02日 11:34 主要ニュース歴史の偽造、隠ぺいは今も続く
「関東大震災時朝鮮人虐殺」-現在の日本人にとっての思想的意味の解明-(主催=関東大震災時朝鮮人虐殺90年神奈川実行委員会)の講演会が4月27日、横浜YMCAビル(神奈川・横浜市)で行われ、40余人の在日同胞、日本市民が参加した。講師には立教大学の山田昭次名誉教授が招かれた。
まずはじめに、実行委員会の山本すみ子さんがあいさつに立った。山本さんは、「横浜でも関東大震災時に多くの朝鮮人が虐殺された。関東大震災から90周年を迎えた今年、横浜でも取り組みを行っていきたい」と話した。その取り組みについて「関東大震災時朝鮮人虐殺の歴史事実と経緯を学習会、講演会、映画会、フィールドワークを通じてしっかりと学び、多くの人に関東大震災時朝鮮人虐殺の歴史事実を伝える努力をする。また、虐殺の犠牲になった朝鮮人を追悼したい」と今後の活動への意気込みを語った。
教科書記述変更と安倍ブーム
山田氏は、近年の横浜市教育委員会と東京都教育委員会が関東大震災時朝鮮人虐殺事件の歴史を偽造した事実について話した。同氏は、「横浜教育委員会が市立中学校用副読本で『虐殺』を『殺害』に書き換え、東京都教育委員会が高校日本史の副読本『江戸から東京へ』において『虐殺』を『命を奪われた』に記述変更した。日本政府は、朝鮮人虐殺者として民衆が組織した自警団のみを挙げ、軍隊や警察の朝鮮人虐殺には沈黙し虐殺の国家責任への言及を避けている。しかも虐殺という表現をいずれも避けて表現している。このことは横浜市や東京都の教育委員会が虐殺という表現を避ける以前に、『つくる会』や『教科書改善の会』が既に行っていたことであり、この問題の根はきわめて深いことがここに示されている」と語った。
続いて、朝鮮の拉致問題に触発されて登場した日本民衆のナショナリズムの昻場と安倍晋三ブームについて話した。同氏は、「関東大震災時の朝鮮人に対する軍隊、警察、自警団の加害行為に目を閉ざす風潮を生み出したのは自由主義史観派のみではない。自民党内の極右派に属する安倍晋三に絶大な共感を寄せる民衆のナショナリズムが同じ時期に勃興し、これがアジアに対する日本の侵略や植民地支配の歴史状況認識を曇らせる上に、大きな影響を与えたことに注意しなければならない」と力説した。
同氏は、「関東大震災の問題は決して過去の問題ではない、歴史の偽造は戦後の今もまた隠ぺいされ、続いている。これを日本政府の権力で誤魔化されるか誤魔化されないか、闘いの正念場にきている」として、「関東大震災時の朝鮮人虐殺について、現在の日本人にとっての思想的意味を考えるには、戦後日本人が行ってきたこの事件の調査、追悼運動の積極面と克服すべき面の両者の検討が必要である」と強調して、次のように述べた。
「戦後に埼玉県、群馬県、千葉県、東京都等の諸地方の民衆によって事件の調査と追悼が営々として行われてきた。これが積極面である。しかし朝鮮人虐殺の国家責任と民衆責任認知についての追悼碑碑文はひどく遅れた。虐殺者が日本の軍隊・警察・民衆であることを日本人が追悼碑の碑文に明記したのは、2009年8月29日に東京都墨田区八広の荒川河畔に『関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘する会』と『グループほうせんか』によって建立された追悼碑の碑文がただ一つである。それまでは戦後になっても日本人が書いた追悼碑の碑文には虐殺者は記載されずに来たのである。そして『関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会』が成立したのは、2010年9月24日、つまり虐殺事件から87年もたってのことだった。事件の調査、被害者の追悼に止まらず、この基礎の上に国家責任の追及をすることが民衆の責任であろう」
講演会で同氏は、「関東大震災時の朝鮮人虐殺を考える場合、現在の日本人にとってこの事件がもつ思想的意味を考えることは、もっとも大切なことである」と強調。そして、今回の講演の主題を4点——①在日朝鮮人運動と日本人社会主義者・先進的労働者の間に誕生した連帯志向に対する官憲の関東大震災前夜から関東大震災時にかけての弾圧について、②自警団に組織された日本人民衆の思想の問題について、③朝鮮人虐殺事件直後からの虐殺の国家責任の隠蔽工作の展開について、④アジアに対する日本の侵略と植民地支配の歴史認識の歪曲を目指す安倍晋三たちの自民党極右派と自由主義史観派の1990年代中期からの登場--について整理しながら述べた。
(金秀卿)