公式アカウント

〈渡来文化・その美と造形 50〉阿修羅像

1952年の冬、「奈良春日興福寺国宝展」が東京で3週間開かれ50万人が、2009年「国宝阿修羅展」が東京国立博物館では94万人、九州国立博物館では71万人、興福寺での「お堂でみる阿修羅展」では28日間…

〈渡来文化・その美と造形 48〉佐波理

「佐波理」とはあまり聞きなれない言葉である。古代日本に出てくる。基本的には銅と錫の合金で、黄金色に輝いていてなかなか美事である。 正倉院「宝物」と言われる物の中にある。

〈ハングルの旅 3〉世宗の非凡さ

創ったのは誰か? 1443年に創られた文字体系としての訓民正音(ハングル)は北南とも一般的に、世宗の命により集賢殿の8学士たちが創製したものとされている。はたして本当に8学士によって集賢殿で訓民正音が…

〈続・朝鮮史を駆け抜けた女性たち 27〉したたかな素顔/淑嬪崔氏

王を産んだムスリ 粛宗との出会い 朝鮮王朝後期の儒生李聞政の著書「隨聞録」には、次のような件がある。 夜中、宮中を散策していた第19代王粛宗は、ひときわ明るい光が漏れてくる宮女の部屋に目をとめた。中を…

〈高句麗の豆知識 10〉大高句麗の勝利

高句麗の武士たち 敗戦の翌年(613年)、隋は3度目の遠征軍を編成した。 「隋書」は当時の状況を次のように伝えている。 「天下の人は労役のために死に、家は破産した。天子の親征は、3度遼東に進み、糧秣を…

〈歴史×状況×言葉 14〉湯浅克衛(下)/「8.15」を糊塗する郷愁の欺瞞

日本の敗戦後、湯浅が最初に書いた短編「旗」(1946)では、朝鮮民衆が「独立万歳」に沸くなか、主人公は「(日本が)負けたことを一度は悲しんで、それからお祝ひとは行かないかな。さう行けば理想的なんだがな…

〈渡来文化・その美と造形 47〉天蓋荘厳雲花形裁文(正倉院)

高笠麻呂という金工(金属工芸技術者)がいた。奈良の平城京の左京六条二坊に居住し、752(天平勝宝4)年4月、東大寺の大仏開眼会に使用された、表題の「裁文」を製作した。 「裁文」は大型の金銅透彫板で、最…

〈子ども美術館 13〉学美賞「今日の天気は? ジャンケンポン」(水彩)

群馬朝鮮初中級学校・初級部3年 李聖蘭 空の番人である太陽、雨、雲、雷が「ジャンケン」で天気を決めるという、子どもの純朴な発想が観る者の気持ちを温かくする。 さまざまな天気の色に染められた透明な空が自…