
〈朝鮮仏教と私たち 51〉東学農民戦争と民衆のうねり
2012年12月11日 14:35
朝鮮 僧侶の城内立入解禁 朝鮮王朝太宗(テジョン)(3代・1400-1418)の仏教排斥以来多少の一時的な変化の時代があったとしても一貫した抑仏政策の下、僧侶たちは迫害を受け都の城内に立ち入ることが禁…

〈朝鮮民族の美 41〉金弘道「建築図」(風俗画帖より)
2012年12月07日 17:45
金弘道は、働く人がどんな道具や材料を持って、何を作っていくのかを正確に描いている。これは、近世以前の画家としては、ごく珍しい態度といわねばならない。

朝大生が歴史実習フィールドワーク、埼玉・本庄、栃木・足尾、長野・松本で
2012年11月28日 17:13
未来を開く熱いメッセージ 朝大学生の歴史実習フィールドワークが11月15日~17日にかけて行われた。 関東大震災時に朝鮮人に対する虐殺が行われた埼玉県本庄市と植民地支配下における日本への強制連行および…

〈朝鮮仏教と私たち 50〉抑圧の中で新しい活路
2012年11月26日 16:18
朝鮮 後期の仏教 19世紀仏教は抑圧の中でも新しい活路を模索した時代であった。

〈ハングルの旅 17〉辞典の編纂に一生を捧げる
2012年11月26日 12:00
李克魯(リグンノ1893~1978)は 周時経(チュシギョン1876~1914)の弟子ではなかったが、第2の周時経と言われるほどハングルをこよなく愛し朝鮮語の発展に尽くした人物である。

〈朝鮮仏教と私たち 49〉高麗時代をしのぐ出版
2012年11月19日 17:06
朝鮮 仏教経典の刊行 朝鮮王朝時代、仏教は抑圧されたが仏教経典の刊行は高麗時代を凌ぐほどであった。

〈歴史×状況×言葉 27〉谷崎潤一郎/植民地主義的な「美意識」によって
2012年11月19日 15:51
文豪・谷崎潤一郎は、1918年、中国旅行のため朝鮮を経由したが、一週間足らずの朝鮮滞在について「朝鮮雑観」という小文を書いた。 はじめに到着した釜山の朝の印象は、「飽くまでも青く青く澄んで透き徹ってい…

〈朝鮮仏教と私たち 48〉父・思悼世子の名誉回復と孝心
2012年11月14日 10:32
朝鮮 正祖と父母恩重経 壬辰倭乱(イムジンウェラン)で義僧軍の活躍により仏教蘇生の機運が一時的に高まったが長くは続かなかった。英祖(ヨンジョ)(1724-1776)の怒りに触れ米櫃に閉じ込められ若くし…

〈朝鮮仏教と私たち 47〉泗溟大師・惟政(下)
2012年10月31日 17:43
加藤清正と直談判に臨む 壬辰倭乱(イムジンウェラン)で戦った義僧軍指揮官になった惟政(ユジョン)・霊圭(ヨンギュ)・義厳(ウィオム)・處英(チョヨン)等僧侶のほとんどは西山大師(ソサンデサ)の門徒であ…

〈朝鮮仏教と私たち 46〉泗溟大師・惟政(上)
2012年10月17日 16:09
壬辰倭乱後、日本との国交再開の大任 護国の伝統を打ち立てた西山大師(ソサンデサ)の下には千人を超える弟子たちが育ち泗溟大師(サミョンデサ)・惟政(ユジョン)を初めとする鞭羊彦機(ピョニャンオンギ)、逍…