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〈渡来文化・その美と造形 49〉東大寺法華堂・国宝仏

「法華堂」は、733(天平4)年、良弁僧正が創建した金鐘山金鐘寺の一堂で、東大寺では最古の建物である。華厳宗の根本道場として毎年旧暦3月に法華会が催されるため、「三月堂」とも呼ばれ、国宝である。良弁は…

〈ハングルの旅 3〉世宗の非凡さ

創ったのは誰か? 1443年に創られた文字体系としての訓民正音(ハングル)は北南とも一般的に、世宗の命により集賢殿の8学士たちが創製したものとされている。はたして本当に8学士によって集賢殿で訓民正音が…

〈続・朝鮮史を駆け抜けた女性たち 27〉したたかな素顔/淑嬪崔氏

王を産んだムスリ 粛宗との出会い 朝鮮王朝後期の儒生李聞政の著書「隨聞録」には、次のような件がある。 夜中、宮中を散策していた第19代王粛宗は、ひときわ明るい光が漏れてくる宮女の部屋に目をとめた。中を…

〈高句麗の豆知識 10〉大高句麗の勝利

高句麗の武士たち 敗戦の翌年(613年)、隋は3度目の遠征軍を編成した。 「隋書」は当時の状況を次のように伝えている。 「天下の人は労役のために死に、家は破産した。天子の親征は、3度遼東に進み、糧秣を…

〈歴史×状況×言葉 14〉湯浅克衛(下)/「8.15」を糊塗する郷愁の欺瞞

日本の敗戦後、湯浅が最初に書いた短編「旗」(1946)では、朝鮮民衆が「独立万歳」に沸くなか、主人公は「(日本が)負けたことを一度は悲しんで、それからお祝ひとは行かないかな。さう行けば理想的なんだがな…

〈渡来文化・その美と造形 47〉天蓋荘厳雲花形裁文(正倉院)

高笠麻呂という金工(金属工芸技術者)がいた。奈良の平城京の左京六条二坊に居住し、752(天平勝宝4)年4月、東大寺の大仏開眼会に使用された、表題の「裁文」を製作した。 「裁文」は大型の金銅透彫板で、最…

〈子ども美術館 13〉学美賞「今日の天気は? ジャンケンポン」(水彩)

群馬朝鮮初中級学校・初級部3年 李聖蘭 空の番人である太陽、雨、雲、雷が「ジャンケン」で天気を決めるという、子どもの純朴な発想が観る者の気持ちを温かくする。 さまざまな天気の色に染められた透明な空が自…

〈渡来文化・その美と造形 46〉正倉院

東大寺大仏殿の西北に白い土塀をめぐらした一郭が正倉院である。 「正倉」とは本来租税としての稲もみを収納した倉庫のことであり、「院」は周囲にかこいをした一区域を指すから、「塀にとりかこまれた租税収納倉の…