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ニョメン・オーガナイジング⑳ウリマルがつなぐ同胞家族の現在地/文・イラスト=張歩里

2026年02月04日 08:57 ニョメン・オーガナイジング

大きな器としての「国語」教育

月刊『イオ』2月号に掲載された漫画を読んで、思わず目頭が熱くなった。

過去の在日朝鮮学生「コッソンイ」作文コンクール(主催=朝鮮新報社)受賞作を漫画化し、毎月紹介している企画の一編で、タイトルは「私はオモニの国語の先生」。決してしんみりとした作品ではない。軽快なタッチで、日常の一コマがテンポよく切り取られている。

それでも心を強く揺さぶられたのは、ウリマルを通して結ばれる親子の関係が、在日同胞として今も更新され続けている「現在進行形の風景」として描かれていたからだ。

初級部3年生の主人公は、「국어(国語)」の宿題として、オモニと一緒にウリマル(朝鮮語)の会話練習をすることになる。日本人である母には難しいのではないかという不安をよそに、オモニは快く引き受ける。カタカナでルビを振り、何度も繰り返し練習しながら、発音やイントネーションを懸命に身につけていく。やがて感情を込めて話せるようになったオモニの姿は、授業でその動画が発表され、大きな拍手を受ける。そして主人公は「これからも一緒に学んでいこう」と決意する。

ウリマルをよく知らない母の「国語の先生」となり、共に猛特訓をする夜の宿題風景。もし我が家に同じ宿題が出たら、果たして私は恥ずかしさを越えて動画の録画ボタンを押せるだろうか。

母国語を学び始めてまだ2年ほどの作文の筆者は、おそらく在日朝鮮人4世、あるいは5世と考えられる。その娘の熱意に真正面から応えようとする母親の姿。ウリマルを「教える/教えられる」という一方向の関係ではなく、学ぶこと自体を親子の共同作業として描くこの物語は、「民族」とは固定された属性ではなく、日々の実践の中で絶えずつくり直されるものであることを教えてくれる。

在日同胞が長い時間をかけて築き上げてきた「国語」教育の器は大きく、それは今もなお創造的に更新され続けている!

家庭と地域を編み直す創造的実践

こうした親子の姿は、決して新しいものではない。1945年の祖国解放前後から朝鮮人男性と日本人女性の「国際結婚」が少なくなく、ニョメン活動には多くの日本人女性が参加していた。地域にもよるが、山口県では同盟員の3分の1を日本人女性が占めていたという記録も残されている(※在日朝鮮女性運動を研究している現役の在日同胞研究者の1948年の資料から知った事実である)。

民族や言語の境界を越えて生活を営み、運動や教育の場を共につくってきた歴史は、同胞社会の中に確かに存在してきたのだ。

近年、朝鮮学校に子どもを通わせる保護者の背景は、さらに多様で複雑になっている。それは突如現れた変化ではなく、東アジアの近現代史が積み重ねてきた現実の延長線上にある。

国籍や出自、家庭内の言語、民族意識の持ち方はさまざまであり、「国語」が背負う重みは、家庭ごとに異なるだろう。

私の住む支部管下にも、日本人でありながら娘を朝鮮学校に通わせることを決意をしたトンムがいる。

かのじょは長女の入学を控え、産休中でありながらハングル検定の勉強に励んでいた。そこで我らの最強ニョメンイルクンは毎週その家を訪ね、ウリマル学習に付き添った。朝鮮学校に頼んで国語の教科書をコピーし、娘よりも一足先に「国語」の授業を始めたのである。

家庭、地域、学校を結び直し、国語教育を生活に根づかせてきたのは、いつの時代もこうしたニョメンの眼差しと実践であった。その視点を抜きに、民族教育の創造性や可能性を語ることはできない。

創造的な「民族教育」へ

多様な在日朝鮮人像を描くことを許さない日本社会の差別構造は、いまだ大きくは変わらない。

朝鮮語を学ぶ子どもや、日本語を母語とする保護者の存在は、「例外」として語られ、民族教育もまた「閉じた世界」の営みとして誤解されがちである。

あたかも血統や純粋性によってのみ支えられているかのように語られ、家庭内で交わされる日常的な対話や言語実践、異なる言語・文化を引き受けようとする不断の努力は、十分に語られてこなかった。

いつか日本人のオモニとして、これまで自身が受けてきた国民教育に疑問を抱く瞬間は、訪れるかもしれない。そしてその子どももまた、自らのアイデンティティに悩む時期を迎えるかもしれない。だが、その葛藤や揺らぎこそが、他ならぬ自身の歴史的存在性であることを、やがて受け入れていくのではないだろうか。

親と子が同じ言葉につまずき、ともに立ち止まり、学び合う過程そのものが、民族教育を固定化から解き放ち、それをより創造的で、より豊かな可能性へと押し広げていくのだと思う。

(関東地方女性同盟員)

※オーガナイジングとは、仲間を集め、物語を語り、多くの人々が共に行動することで社会に変化を起こすこと。新時代の女性同盟の活動内容と方式を読者と共に模索します。