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〈西宮SEASIDE支部物語 7〉再結成の「長寿会」、新たな冒険へ/趙利寛

2025年03月11日 13:40 西宮SEASIDE支部物語

昨年8月に再結成を果たした「西宮・芦屋同胞長寿会」。

2025年2月、オルシンたちの姿は芦屋市の焼肉店にあった。82歳の会長を筆頭に最年少は75歳。7人の「長寿会」役員が集い作戦会議だ。オルシンたちが考えた年間計画案は凄かった。月イチで「いきいき体操」「麻雀クラブ」「おしゃべりルーム」「カラオケ大会」。他にも年2回、春と秋に「歩こう会」。年1回、孫も含めた3世代イベント「流しそうめん祭り」や「芋ほり」。さらに「支部まわりの掃除」「高齢のオルシン宅への定期的な訪問」「何かあった時のための緊急連絡体系づくり」などなど。新しく作られた「長寿会」役員のグループLINEに、1人追加するのに2時間もかかったとは思えないバイタリティーだ。失敗すると「携帯がいやがってるわー」とゲラゲラ笑いながら操作を繰り返し、この日、やっとの思いでオルシンたちのグループLINEは完成した。

芦屋市の焼肉店に集まった西宮・芦屋同胞長寿会のオルシンたち

これまでオルシンたちとはたくさんの日々を一緒に過ごしてきた。決して良いことばかりではなく、辛い過去もあった。

阪神初級の統廃合が決まった時もそうだった。

2000年の春。当時、総聯支部組織部長だった私を、尼崎初中の教育会に異動させることが拡大常任委員会の場で発表され、参加者たちを驚かせた。さらに、阪神初級は翌年、尼崎初中へ統合されることが発表された。阪神初級を守っていきたいという同胞たちと共に活動してきた私は、未来の民族教育のために統廃合を推し進めなければいけない立場へと一変してしまったのだ。罵声が激しく飛び交う中、私は何も言えず、ただ座っていた。悲しそうに席を立ち、そのまま支部を去ってしまった人もいた。

阪神初級は西宮同胞たちにとって特別な存在だった。祭りのように賑わう運動会。2月の寒い時期に講堂で行われた学芸会も格別だった。愛おしい思い出が溢れる講堂では、バス運転手の結婚式が執り行われたこともある。阪神初級はまさに西宮同胞たちの心の拠り所だったのだ。そんな阪神初級のことが私も大好きだった。

あの時、離れてしまった同胞たちともう一度活動がしたい、ずっとそう思ってきた。

時は流れ今、オルシンたちのロマンに満ちた大冒険が、始まろうとしている。

御歳82歳、「長寿会」新会長は私が朝青時代、カメラや旅行、今では私の趣味となっている様々なことを教えてくださった尊敬する大先輩だ。今でも店頭に立つ大先輩の焼肉店で、この日オルシンたちは、どれだけ笑顔になっただろう。

そんなオルシンたちは私に「早く年を取って『長寿会』に入って来い!」とおっしゃるのであった。私が「長寿会」に入るのはまだ先のことだが、オルシンたちにはいつまでも元気でいてほしい。

2019年6月5日の芦屋分会総会。このとき筆者は、40年間分会長を務めた康邦三氏(現在長寿会会長)から分会長のバトンを引き継いだ。

康邦三氏ご夫妻(2019年6月5日の芦屋分会総会にて)

(総聯西宮支部副委員長、建設業)

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