【投稿】北海道からセッピョル学園に参加して/李明祚
2013年07月01日 18:12 コラム輝くセッピョルたちとの感動の3日間
日本では1年に1度、織姫と彦星とが出会うとされる七夕――。
ひと足早い6月の茨城で、1年に1度のセッピョル(明星)たちの集いが開かれた。
合同学校―セッピョル学園。
茨城朝鮮初中高級学校の学区に当たる6つの朝鮮学校(茨城初中高、栃木朝鮮初中級学校、群馬朝鮮初中級学校、東北朝鮮初中級学校、福島朝鮮初中級学校、新潟朝鮮初中級学校)に、今回は初参加となる北海道朝鮮初中高級学校が加わった。
朝鮮学校の学生数の減少が問題視される中、「日本各地にチング(友だち)がいる」という理念の下に始まったこのイベントに、私もはるばる北海道から、子どもたちと共に旅立った。
◇ ◇ ◇
北海道初中高の全校生で飛行機に搭乗するなんて、なかなかできる経験ではない。子どもたちは、初めて見る「よそのウリハッキョ」の校舎やソンセンニム(先生)、そして、20人を越える「同級生」に驚いた様子だった。
歓迎の拍手で迎えられ、緊張気味の子どもたち。でも、さすが「ウリ」同士。すぐに打ち解け、遊び始めた。
わが家の次男坊は、いつものように調子に乗りすぎ、女の子が泣き出す始末。北国の女の子は、気が強いのか、周りにか弱いタイプがいないので、その姿にビックリ面食らっていた。
教室にはたくさんの机が並び、トンムがいっぱい!20人以上で受ける授業はとても賑やか。廊下も騒々しくて、いつもは怖いトイレもへっちゃらだ。
そして、夜、体育館に並べられた布団の数は、数え切れないほどだった。
◇ ◇ ◇
何よりの目玉である、大運動会。
伝説の「雨男」で知られる校長の下、この一大イベントは、本人はもとより、すべての関係者が祈る中、一度は体育館での開催が決まった後の、まさかの奇跡的な天候回復により、屋外で行うことに!
必死の水抜きの後、所々ぬかるんだグラウンドで、大運動会は入場行進から始まった。
学校別の行進は、それぞれの母校の誇りを示す堂々たるものだった。
同学年で走った徒競走、代表選手でバトンをつないだリレー、騎馬戦にいたっては、学校では「一騎」が「当たり前」の子どもたちの前に、何騎もの騎馬が並んだ。
これまでの運動会とは違う大迫力に子どもたちは大興奮だった。
少ない人数、いつも同じメンバーでの運動会が当たり前の子どもたちにとって、この日の運動会は格別で、紅・青の勝敗はそっちのけ。
その後は、興奮冷めやらぬ校庭での恒例の焼肉パーティー。
すべての関係者が一堂に会しての大宴会とあって、笑い声と煙が絶えなかった。肉を焼く手も、新しいチングとの会話も弾みっぱなしだ。
その流れの中で行われた学年別のど自慢大会。
7つの学校の垣根はいつの間にか消え去り、セッピョル学園のクラスメイトたちは、息ぴったりの素晴らしい歌声を披露してくれた。
いつもは探さずとも簡単に見つけられるメガネの長男も、この日はたくさんのトンムに囲まれた輝くセッピョルだった。
この愛おしいセッピョルたちが輝けるよう、ソンセンニムたちは徹夜で準備に取り組まれ、現地のオモニたちは育ち盛りの子どもたちの食事を全面的にまかなってくれた。北海道から駆けつけた私たちにとっては、本当に感謝のことば一つでは言い尽くせない感動の3日間だった。
来年も、この1年に1度のセッピョルたちの大星雲が現れますように!
(北海道初中高オモニ会)