〈ものがたりの中の女性たち76〉「退治する方法は私たちが知っています」―三公主
2024年02月12日 08:30 寄稿あらすじ
むかし、アグィ(餓鬼)鬼神という大盗賊がいた。度々都に現れては美女を攫っていく。あるとき、王の娘である三人の公主が被害に遭う。王は鬼神討伐の案を臣下に募るが誰も名乗り出ない。王が、公主救出のあかつきには末の公主と婚姻させようと言うと、ある勇敢な武官が名乗り出る。
武官は鬼神の国を探して全国を行脚する。ある日、山の中腹で疲れた体を横たえると、夢に白髪の山神が現れ鬼神の居所を告げる。山の奇岩の下に地下世界へと通じる細い道があるというのだ。武官は幾重もの山を越え、とうとう地下世界への入り口を発見する。従者たちは皆恐れて躊躇するが、武官は体に縄を巻くと、地面にぽっかりと空いた穴に降りていく。
しばらく降下を続けると空間は徐々に広くなり、まるで空から降り立つように広大な場所に着地する。奇妙な家屋敷が立ち並ぶそこは見たこともない世界だった。ひときわ大きな屋敷の側に井戸があり、武官は隣の大きな柳の樹に登りその屋敷の門を窺う。しばらくすると中から末の公主が水汲みに出てくる。急いで柳の樹から降りた武官が助けに来たと言うと、公主は笑いながら人の手を借りずとも、すでに脱出の手はずを整えている、帰りの道案内だけを頼むと言う。西瓜に変身した武官をチマで包むと、門番の鬼神に怪しまれることなく屋敷に入ることに成功する。酒とごちそうと甘言で鬼神を油断させた三公主は、鬼神をおだてながら巧みに弱点を聞き出し、三人で協力し見事アグィ鬼神の首を討ち取る。そして牢に囚われていた多くの美女たちを救い、三公主は武官に先導させ意気揚々と帰路につく。無事帰った三公主に大層喜んだ王は、末の公主と武官を婚姻させる。
第七十六話 聡明な三公主
「聡明な三公主」は神異譚に分類される民間説話である。
一般的には「地下國大賊退治說話」として知られる。地下世界に住む鬼神や盗賊に拉致された女性を、武人や勇者が救出に向かい、その後婚姻するという内容で、世界的に広く分布される説話である。救出に向かう男性の武勇譚が主な内容のものや、攫われた女性たちが活躍する内容、両者が力を合わせて危機を克服する内容など、それらは地域や伝承者によって異なる。
三公主大活躍
王は臣下の中で最も勇敢で知略に長けた武官を、公主救出に向かわせる。地下国に通じる地面の穴は、細く、狭く、深い。いくら山神のお告げだとしても、誰もが躊躇する場面である。だが、さすがは自ら王の前に進み出た武官、率いてきた兵たちがひとり残らず震えあがっているにも関わらず、勇敢に穴を降りていく。着いたところは地下世界。アグィ(餓鬼)鬼神の屋敷から水汲みに出てきた末の公主に自分が何者なのかを明かすと、どうしたら鬼神を退治できるか考えてみようと申し出る。すると公主は、試しに大岩を持ち上げてみよと命じるが、武官には到底持ち上げられない。そこで公主が力水を与えると、武官はやすやすとその大岩を持ち上げる。公主は自信満々に言う。「アグィ鬼神を退治する方法は、すでに私たちが探り出しました。こんな日が来ることを予想し、準備はできています。あなたは、私たちが鬼神を退治した後、地上の世界に出て行ける方法を教えてくれるだけでよろしいわ」と。
屋敷に入るため、武官は西瓜に変身する。その日は鬼神の体調が優れず、公主たちは口々に心配するふりをしながら鬼神を懐柔する。地下国に連れてこられた日以来、口もきかなかった美しい公主たちが、優しく肩や足を揉みながら自分の体調を案じてくれるこの事態に、鬼神は良い気分になり徐々に警戒心を解いていく。翌日、この間ずっと用意してきた三瓶の強い酒とごちそうで宴を開き、鬼神の前で快癒の舞を踊り、髪の虱まで梳いてやる。有頂天になった鬼神は言う。「お前たちが開いてくれた宴に応えてわしも望みを聞いてやろう」と。
すっかり元気になった鬼神を前に一番上の公主が言う。「ここで何不自由なく食べて、着飾っているのにこれ以上何を望みましょう!ただひとつ不思議なのは、昨日はあんなにお疲れだったのに、今日はもうこんなにお元気に!力もお強く、神出鬼没、不死身なのですね」、そう言いながら公主は鬼神の腕を撫でる。強い酒を三瓶も飲んだ鬼神は鼻の下を伸ばし、うっかり言ってしまう。
「いくらなんでも不死身ではないぞ。両脇の下に二枚ずつある鱗を取ってしまえばさすがのわしも死んでしまう。だが、どこの誰がわしの脇の下に手を伸ばせよう」。
鬼神は上機嫌で酒に酔って眠ってしまう。末の公主が鬼神の腰にある剣に手をかけると、突然剣は大きな音を立て始める。末の公主は怯むことなくドンと足を踏み鳴らし、雷鳴のような声で剣に号令する。「おだまり!しずかにおし!」。末の公主は静かになった剣を手に取ると、鬼神の鱗を勢いよく切り落とす。咆哮をあげ鬼神がのたうち回ると、公主は鬼神の首に剣を振り下ろす。だが切り落とされた首は転げまわり、また首にくっつこうとする。すかさず二番目の公主がその首に灰を塗り込むと、首と胴体は付かなくなる。これを二度ほど繰り返し、最後は一番上の公主がもう一方の鱗を切り落とし鬼神にとどめを刺す。華麗な連係プレーである。
ヒーローに頼らない姫
「地下國大賊退治說話」は、少しずつ内容を変えて伝承されてきたが、三公主が大いに活躍するものが、一番内容が豊かで起承転結もはっきりしている。短編小説のような趣さえある。説話の記録や国文の古典小説の読者は女性が多く、採話の記録者や小説の創作者は女性の目を意識する必要があった。自然とものがたりは、女性主人公が活躍する作品が充実することになる。
「地下國大賊退治說話」の他の内容はごく短く、武官が活躍し公主を鬼神から救い出すが、軍卒に手柄を横取りされたり、助けた公主に存在を忘れられたりと散々である。武官の活躍がメインで描かれてはいても、公主たちの努力と勇敢さはしっかりと強調される。女性が一方的に男性に救出されるのではなく、救出者の男性と協力し自分自身の力で脱出するのである。
公主=姫との婚姻はあくまで武官と王の間の約束であり、公主のあずかり知らぬことである。だから三公主は「助けに来た」武官のことはあまり重要視せず、鬼神を退治した後はその存在を忘れてしまったりする。「だって私たちのことを救ったのは私たち自身ですもの」といったところだろう。
古典作品において「姫を化け物から救う男性勇者」のものがたりは類型としては珍しくないが、自分自身の力で自分を救う女性たちが描かれることはそんなに多くはない。
(朴珣愛、朝鮮古典文学・伝統文化研究者)