公式アカウント

小さな歴史を拾い集める/金潤実

2023年07月31日 08:29 それぞれの四季

文章を書くのは苦手意識がある。頭の中でぐるぐると動き回っている考えや感情を表現するには、書くことでは追いつかず理屈っぽくなりすぎる。

このコラムを引き受けたのは、それでも日々の中で形に残りにくい出来事や感情の機微の痕跡を少しでもパブリックなものとして残すことができるかな、と思ったからだ。

残すことはどういうことかを時々思い出しては考えている。

歴史が強者からの視点でしか残されにくいように、個々人の日々の出来事も、他人(主に権力者)からしてささいなことは残されず忘れ去られていく。

私は、在日の歴史は習ったけどハンメの人生をそれほど知らない。今の学生が何を大事にして生きているのか本当には知らない。…友人が腹を立てているのはなぜなのか、実家の猫は病気とどのように闘ったのか、ある子は私に初めてルーツをカミングアウトしてある子は隠したのはなぜか、かつての中大阪校舎前の銀杏並木の景色を何人が覚えているのか、私が許せないものの正体はなんなのか。

全てを知る必要はないとしても、大きな歴史からこぼれ落ちていくような瞬間を少しでも拾い集めていくことが、大げさではなく歴史の忘却や理不尽な社会への対抗にもなると思うのだ。丁寧に人の歴史を紡いでいくことを、自分に手の届く範囲で。抱えられるものを、少しずつ。

(大阪市在住、朝鮮学校美術講師)

Facebook にシェア
LINEで送る