〈八道江山・食の旅 12〉異国の地で創意工夫/八田靖史
2017年12月18日 16:13 主要ニュース日本
朝鮮全土を巡る食の旅。最後は日本の朝鮮料理を紹介したい。本紙の読者にとって日常の食事に含まれる、ごく当たり前のものかもしれないが、朝鮮料理を外国料理として見る筆者にとっては極めて珍しい部分が多い。これらをまとめて地域的な「個性」と捉えることで、日本の朝鮮料理を地方料理のひとつに考えてみたい。
まず、取り上げたいのが日本にしかない朝鮮料理である。これまで朝鮮各地でさまざまな料理を食べてきたが、本場で見たことのない料理が日本には多々ある。焼肉店、朝鮮料理店でお馴染みの、カルビクッパ、盛岡冷麺、ちりとり鍋あたりがそうだ。これらは朝鮮料理をルーツとしつつ、主に飲食店において、日本人の味覚や食習慣に合わせて変化を伴った。
カルビタン(澄まし仕立ての牛カルビスープ)は本場にもあるが、赤いスープで具だくさんに作るカルビクッパは見かけない。咸興冷麺をルーツに小麦粉麺として普及した盛岡冷麺や、朝鮮式のホルモン炒めに煮汁を足して生まれたちりとり鍋も同じ。いずれも異国の地での創意工夫が今日の普及につながったものだ。
また、テグタンという料理も日本ではよく見るが、これも本場では馴染みがない。もともとテグタンは漢字で「大邱湯」と書き、大邱式の牛肉スープを指した。ユッケジャンとも似るが、ユッケジャンが茹でた牛肉を細く裂いて使うのに対し、大邱式ではごろんと塊で煮込む。
1920年代のソウルではこの料理が大流行し、至るところにテグタンを出す店があったというが、その後よく似たユッケジャンに吸収され、テグタンという名称は使われなくなってしまった。詳しい経緯は不明だが、ブームであった1920年代を前後して日本へ渡った人たちが伝えたのだろう。それが本国とは違った時間経過の中で、タイムカプセルのように保存されて残った。日本の朝鮮料理を丹念に見ていけば、こうした事例はほかにもありそうだ。
料理の名称に関しては慶尚道や済州島の方言が多いのも特徴的だ。個人的にはチョレギサラダが長らく謎だった。チョレギとは本来コッチョリと呼ばれる浅漬けのキムチを指し、語義としては外側だけ漬けるという意味だ。白菜やサンチュなどの野菜に薬味ダレを絡め、漬け込むことなくそのままサラダ風に味わう。慶尚道などではこれをチェレギと呼び、これがチョレギとして日本では定着した。
ほかにもムンチサラダ(和えるという意味のムチムが転化)、キムチポッカ(炒め物を意味するポックムが転化)など、いわば在日語とでもいうべき料理名は数多い。日本語との折衷から生まれる用語も多いようで、「ピビして(混ぜて)食べる」、「マラして(スープにごはんを入れて)食べる」といった用法は、むしろ言葉として味わい深い。
大阪に出かけたときは、「スエ」という単語がわからなくて戸惑った。スンデ(腸詰め)を済州島方言でスエと呼ぶのだが、大阪は済州島出身者が多く、済州島の食文化が溶け込んでいる。鶴橋駅前でアマダイのチヂミを売っていたり、生野コリアタウンにピントク(そば粉のクレープ巻き)の屋台が出ているなど、単に朝鮮料理というだけでなく出身者の地域性によって変化が見られるのも興味深い。
テールスープにワラビを入れる食べ方があると知ったのも大阪だった。ワラビは済州島の特産品であり、済州島出身者の多い大阪では一般的になっているが、これも朝鮮全土で考えるとかなり特殊な食べ方と言えよう。
ただ、筆者が大阪でいろいろ尋ねたところ、それを特殊性ととらえている人は意外にも少なかった。日本における朝鮮料理は極めて特徴的であるにもかかわらず、それがあまり意識されていない例は多々あるようだ。すでに100年以上の歴史を持つ食文化。独自の個性としてもっと評価されてもよいのでは、というのが本稿を書いた動機でもある。
朝鮮全土に日本をプラスしての食の旅はこれで以上。最終回までお付き合いいただき、ありがとうございました。(コリアン・フード・コラムニスト)
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