Stranger 兵庫を堪能する/北岡裕
2017年09月21日 15:25 主要ニュース 文化・歴史ハンバンウルという明るい可能性
9月9日。朝鮮の69回目の建国記念日とぼくの14回目の結婚記念日。無人駅を降り川べりの道をぼくは歩く。夏の余韻を残す陽射しは鋭い。道が合っているか不安になったころようやく目的地の西播朝鮮初中級学校が見えた。
ハンバンウル(一滴のしずく、の意)という日朝交流の集まりがある。ハンバンウルは日本の大学と朝鮮大学校の学生からなる集まりで、来年の訪朝を目指している。日本人と在日朝鮮人のメンバーは20代から30代と若い。
この集まりの訪朝団は間違いなく面白くなる。ぼくは朝鮮を見るうえで今、決定的に欠けているのは若者と女性の視点、そして日本人と朝鮮人が同時にものを見る経験であると常々考えているが、この集まりはそれを全部おさえている。彼らがいざ飛び立てば、大きな成果を持って帰ってくるはずだ。今回彼らの合宿研修のための講師の依頼を受け、西播朝鮮初中級学校を訪れた。しかもテーマはフリー。唯一の専門分野である夜の日朝外交の大切さとそのコツを1時間半徹底的に語った。
姫路で目撃した“フォース”
講演後はハンバンウルのメンバーと七輪を囲んだ。ところで俳優の渡哲也さんの趣味は焚き火らしい。ネットの情報によると煙が一筋昇るくらいの焚き火を好み、たなびく煙の行方を眺めるのが好きという。このエピソードを知って以来、ぼくは野外での焼肉パーティーの際、おなかがいっぱいになると渡さんになったつもりで炎を見つめている。
だが講演後の焼肉は困難を極めた。着火剤を投入し風を送っても、炭になかなか火がつかない。ようやくついた弱弱しい炎が愛おしい。もしかするとこれも渡さんが愛する瞬間なのかも知れない。
次の日は商工会主催のバーベキューパーティーにお邪魔した。参加者約150名、商工会のメンバーが子どもたちに楽しい思い出を作りたいと企画したイベントは大盛況だった。
子どもたちが川魚のつかみ取りを楽しんでいる間、会場では準備が進む。まずは大量の肉を揉む。調味料はお母さんたちの手作り。そして大量の炭。「これ全部に火をつけるのは大変だよな」。昨晩の苦労を思い出した。
だがぼくはここで朝鮮人の焼肉への本気度を目撃することになる。「シュゴゴゴゴー」と、映画「スターウォーズ」のダースベーダーが過呼吸を起こしたような音が響く。そこには渡さんの代表作、ドラマ「西部警察」を髣髴とさせる大火力兵器の姿があった。
その筒状の機械を炭の山に突っ込ませると炎とやがて激しい音とともに火の粉が飛ぶ。近くにいた方に正体を問うと「ガスバーナーですね。普段はあれで鉄を切っています」。わざわざ工場から山奥のキャンプ場まで持ち込んだというのか。ガスバーナーは炭を無慈悲に次々と着火させた。渡さんはこれを見たらどう思うのだろう。「焚き火とは認めないよなぁ」。圧倒的な火力と合理性と焼肉への本気度の結晶であるバーナーの炎、すなわちフォースを目撃したぼくは笑うしかなかった。
新長田にて形式主義者敗北す
その日の夕刻に姫路を出て実家に寄る予定だったのだが、新長田で途中下車した。ある読者の方が一席設けてくれたのだ。
こちらもお礼がわりのしかけを準備した。東京土産の包装を途中手に入れた「開城観光記念」の袋に交換。そしてポケットには朝鮮産高級タバコ727を忍ばせた。姫路ではこのタバコを何人もの人に勧め眼を丸くさせてきた。準備は万端のはず、だった。
だが読者の方、張一成さんは開城観光記念のパッケージを見てもあまり驚かない。かわりに「いいものあるんですよ」とリュックをごそごそ。すると主体思想塔のフィギアが出てきた。ぼくの家のものよりひと回り大きい。そして炎の部分。ぼくの家にあるフィギアは派手好きな中国人に配慮したのか炎の部分が金色。張さんのものは平壌にある本物の塔のまま赤い。「炎の部分が赤いでしょ。これを職場の一番よく見えるところに置いているのですわ」。にやりと笑う張さん。漂う本物感。まだだ! まだ終わらんよ! 張さんがたばこを取り出した。銘柄は「わかば」。すっと727を勧めると「おっ」と表情を一瞬変えたがまたリュックをドラえもんのようにごそごそ。「お土産です」と出してきたのは朝鮮製たばこ「大同江」。しかもニューパッケージ。何でも張さんは朝鮮たばこのコレクターで、集めたたばこは90種類を超えるという。
失礼を顧みずいうなら朝鮮人の朝鮮オタク。さらに金炳潤さんが援軍として加わり、生ビールとハイボールをガンガン注入しながら関西弁で攻めて来る。日本側は終電の関係で同行者が帰宅し下戸のぼくひとり、2対1の数的不利。何度かふたりを笑わせた気もするが、それ以上に笑わされ圧倒され感心させられた。
そもそも日本人の朝鮮オタクが朝鮮人に勝てるわけがない。形式主義者敗北の瞬間だった。張さんと金さんに再会を約束し夜の新長田をひとり彷徨した。でも不思議と清々した気分。鉄人28号がのっぺりと立つ夜の商店街。吹く風はもう秋。また、こんな旅をしたいなとぼくは呟いた。
(著述業)