〈時事エッセー・沈黙の声 59〉在日へのヘイト投稿訴訟で正義の判決 / 浅野健一
2025年05月16日 09:40 寄稿高校旧友の執拗な「X」投稿を「差別」と認定
「ひたすら在日朝鮮人であることを隠し続けた家で育った。何かあれば強制送還される不安、指紋押捺では犯罪者扱された。九州を離れ、上智大学入学と同時に日本名の『林』から民族名の金に変えた。民族名にやっとなれた喜び。しかし、民族名で就職することの大きな壁があり、『名前かご飯か、どっちが大事か』と突きつけられたが、民族名で初めて上智から就職できた。日本人女性と結婚し、家探しでさんざん苦労してショックを受けた妻。それでも、妻と子ども3人の家族は『金』姓を名乗る。2023年に日本国籍を取得。属性に受けた中傷は、一生つきまとう」
東京に住む在日三世の金正則氏(70)は2024年3月、「X」(旧ツイッター)で差別的投稿を繰り返されたとして福岡県立修猷館高校の同級生、西村元延氏(福岡在住)に対する損害賠償を求める訴訟を起こした。金氏が24年12月、東京地裁(衣斐瑞穂裁判官)に提出した第二次陳述書で訴えた内容だ。
「人間としての基本問題」
金氏は4月23日、東京・神田三崎町の「たんぽぽ舎」で私が主宰する連続講座で講演し、「公共事業の仕事をしていた父親は、在日朝鮮人であることをずっと隠して生活し、家族の中で朝鮮名を使ったのは私だけだった」と述べた。UPLAN(三輪佑児代表)が講演の動画をユーチューブに配信している。https://www.youtube.com/watch?v=8nRXtIRkfVI
修猷館は旧藩校の名門。都内の大学を出た西村氏は50年前の旧友で、東京の同窓会でしばしば会い、一緒にお酒も飲んだ仲だったが、以前から、SNSに継続的に嫌韓・反中ヘイト投稿を繰りかえしていた。2018年、福岡に帰省した時に、口頭でヘイト投稿を止めるように注意した。西村氏による同期同窓生グループのあるフェイスブックへのヘイト投稿があったので、19年2月、同期同窓会のメーリングリスト(約150人)でも、「主義・思想以前の、人間としての、社会を構成する人としての基本問題。西村くんに真摯な反省と、Facebookのこれまでの投稿の全削除、今後2度と繰り返さないことを求める」と書いた。西村氏は「同窓会に政治・宗教を持ち込むな」と反論した。
西村氏は20年2月から24年まで、「金(くん)へ」と名指し、金氏の通名も明らかにして、「朝鮮人ってやつは馬鹿だね」「朝鮮人は明らかに性犯罪が多いですよね」「もう日本にたかるの止(や)めなよ」「本当に朝鮮人は汚い事ばかりするよね」などの投稿が提訴時に150回あった。裁判中も同様のヘイト投稿が10通あった。金氏は24年3月、差別投稿で名誉を傷つけられたとして、15通の投稿を取り上げて西村氏を提訴した。
金氏が西村氏を被告にできたのは、21年4月21日の「おい、在日の金よ、有田ヨシフの親しい友人よ。此の犯罪をすぐに止めさせよ。今すぐにだ!!金よ。元林よ、犯罪者の支援に成るのか?」という投稿が一通あったからだ。「大学から金という名前に変えたので、私の通名を知っているのは高校までの友人。この1件がなければ、在日朝鮮人の5人に1人は金の姓だから提訴できなかった」
金氏は当時外国籍で選挙権はなかったが、有田芳生衆議院議員(立憲民主党)の選挙を応援したいと思い、有田氏のことをツイートしたことがあった。
「意義ある正義の判決」
地裁の衣斐裁判官は今年3月18日、特定の国籍や人種を犯罪と結び付ける「犯罪者みなし」について、「原告に嫌悪感を示し、著しく侮辱」と指摘。ヘイトスピーチ解消法が定める「不当な差別的言動」と認定し、請求通り110万円の賠償を同級生に命じた。西村氏側は控訴せず、4月9日、一審判決が確定した。
金氏は「満額の賠償命令は想像もしなかった。全投稿が民法の不法行為に当たり、ヘイトスピーチ解消法にも当たるという認定が6件あった。『犯罪者みなし』について、不当な差別投稿と認定したのは、クルド人への政治家も含めたヘイトが深刻化する中で意義のある正義の判決だ」と評価する。
ところが、西村氏は賠償金の支払い後も相手を特定せず、在日へのヘイト投稿を続けている。また、金氏は裁判を支援してくれた同級生らと一緒に、高校の同窓会に対し、「同窓会のうちであれ外であれ、差別的言動を容認しない」という宣言を求めたが、会員同士に争いに関与しないという理由から全会一致で否決された。
24年7月の第2回期日で西村氏の代理人弁護士から謝罪と和解の申し出があり、裁判官から和解金が38万で、「言い過ぎてしまった。ただヘイト投稿ではない」とことを確認するという提案があった。金氏は和解には応じないと表明。西村氏側は「『国に帰れ』など排外的な内容ではないのでヘイトスピーチ解消法の類型には当たらない」と強調。金氏は「『在日朝鮮人は犯罪率が高い』は典型的な人種差別投稿である」と主張。「投稿は記事を引用したもの、投稿主旨は安全と平和を願う目的」と反論した。西村氏は一度も出廷しなかった。
裁判所が「犯罪者みなし」に関する西村氏の主張を受け入れると悪影響が大きいので、絶対に負けるわけにはいかない裁判になった。
勝訴判決報告集会には多数の参加者があり、メディアでも報道された。
西村氏のヘイト投稿の多くが、被疑者が韓国籍と記述された産経新聞の事件記事を引用している。日本の企業メディアが、事件の本質と無関係の国籍、人種などの属性を安易に報道することが人権侵害を助長している。
個人の問題から社会問題に
金氏は「子どもの時、日本国憲法の『われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ』という前文を読んで感動した。この憲法を持つ国ならきっといつかは在日にも投票権を与えてくれると60年間待った。ところが2021年末、隣の武蔵野市で松下玲子市長(当時)による住民投票条例に外国人投票参加を明記する案が否決された。住民投票でさえダメなのかと衝撃を受けた」と話した。
日本国籍をとった金氏は昨年10月衆院選で初めて投票した。「69歳で初めて選挙権を使った。今度は70歳で被選挙権も行使したい」と思い、6月22日の都議選(杉並区、定員6)に無所属で出ることを決意した。金氏は23年に「杉並から差別をなくす会」に入会し、関東大震災朝鮮人虐殺関係のイベントを地元で開催している。金氏は「罰則のある包括的な差別禁止法や条例を求めていきたい」と語った。
金氏は「父は100歳になった。墓を建てた。『金家の墓』と墓石に刻んだ。96歳の母に自分の名前を書かせると、これまでの日本名『林』ではなく、民族名『孫』と書くようになった。母は、私に『後ろ指を指されないように生きろ』と教えた」と振り返る。
金氏は「『他人に頼らず自分の二本の足で進むしかない』と思って生きてきたが、この裁判で、私の問題は個人の問題から社会問題になった。多くの日本人の支援者に支えられた。支え合いだからお互い手を取り合いながら生きていく。この経験から積極的に仲間をつくり、女性、外国人、性的少数者、障がい者、貧困、1人世帯高齢者のことなどで一つずつ、一緒に闘おうと思った」と述べた。
金氏は「この裁判は他の人にさせたくない。辛すぎる。もう終わりにしたい」と話した。西村氏について、「ヘイトをやめたらノーサイドで酒でもと思う。私が実名を出しているのはそのためだ」と語った。二人が、50年前の普通の関係に戻ることをみんなで後押ししたい。
プロフィール
1948年香川県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。1972~94年、共同通信記者。94年~2014年、同志社大学大学院社会学研究科教授。2020年4月、下咽頭がんが再発し咽頭・喉頭・頭頸部食道を全摘。無声ジャーナリストとして様々な媒体に寄稿している。
(朝鮮新報)