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〈読書エッセー〉晴講雨読・朝鮮現代史と叢書『不滅の歴史』(中)/任正爀

2025年02月23日 08:00 寄稿

『不滅の歴史』シリーズではないが、抗日革命闘士・柳京守同志を主人公とした小説に『青年前衛』全3部がある。1960年代に出版されたもので、著者はパルチザンの軍医官として知られた林春秋同志である。当時としては珍しく主要登場人物が実名であるが、自身の体験に基づくものだからかもしれない。実は『峻厳な戦区』の軍医官は、彼がモデルかなと想像したのだが違っていた。

『青年前衛・第3部』

第2部の終わりには、祖国解放後、凱旋した金日成将軍と抗日革命闘士たちが列車で元山から平壌へと向かう。その車中で金日成将軍は柳京守同志に本名の柳サムソンから平壌は柳京と呼ばれるので、それを守るという意味で改名してはどうかと話す。そして、第3部で柳京守同志は戦車師団指揮官として朝鮮戦争を戦う。最近、ソウル解放までを描いた映画『72時間』が話題となっているが、その時に決定的な役割を果たしたのが戦車師団である。

この第3部では南朝鮮地域で政治活動を行う柳京守同志の弟のような人物が登場するのだが、その展開が本当にこんなことがあったのなら凄いと思わせる。ところが、それが興味本位主義と批判され、改訂版では削除されたと聞いた。

改訂版が出たのは少し前で、筆者が読んだのは2018年に朝鮮創建70周年祝賀団の一員として牡丹峰招待所に滞在していた時である。招待所は、敷地内に平壌八景の一つである「浮碧楼」があり、大同江とその中州である陵羅島を眺めることができる。しばしばそこのベンチに座りコーヒーを片手にその本を読んだが、筆者にとって至福の時であった。

そこには、解放後間もなく亡くなった金正淑同志、安吉同志の墓が牡丹峰にあり、林春秋同志が特使として中国に出向き戻った時には、いつもその前で一夜を明かすと書かれてあった。陵羅島には遊園地があり、週末には若い人たちの歓声が聞こえてくる。その光景を前に、今日の朝鮮はまさに先人たちの貴い犠牲のうえにあることを改めて胸に刻んだ。今、二人の墓は平壌郊外の大城山革命烈士陵にある。

さて、1988年から『不滅の歴史』解放後篇が刊行され始めたが、解放直後の民主建設期から朝鮮戦争、さらには戦後復旧建設とその後の社会主義建設へと、それぞれの歴史的背景から生まれた物語は実に多様である。

筆者は科学者・技術者が登場する巻を好んで読むが、『輝く朝』、『繁栄の時代』、『繁栄の道』、『人間の歌』がそれである。第一巻『輝く朝』では初期の朝鮮を代表するテクノクラートである鄭準沢、姜永昌が産業復興のために献身する姿を描く。そして、彼らを助けるのが金策同志で、金日成綜合大学創立のために奮闘する過程も詳しく描かれている。著者は『1932年』を執筆したクォン・ジョンウンである。

『輝く朝』

解放前に大学・専門学校を卒業した人は、相対的に生活が豊かな家庭で育った人たちで、日本の会社に就職した人も少なくない。ところが、解放直後にそのことを問題視する人たちがいた。鄭準沢は京城高等工業学校を卒業、解放前まで選鉱技師を勤めていた。解放直後、全国各地の鉱山の実態と展望、技術改善案をまとめた資料集を作成した。その愛国的行動が高く評価され、北朝鮮臨時人民委員会・産業局長となるが、経歴問題によって職を辞したことがあった。

姜永昌は旅順工大を卒業、三菱に勤め、解放直後に城津製鋼所の技師長として働く。ところが、特殊鋼実験中に炉が爆発し、スパイの嫌疑をかけられたこともあった。しかし、金日成将軍の厚い信任のもと二人は自己の使命を全うし、後に国家の要職に就く。

『輝く朝』では仮名であるが、その後の作品では、実名となる。戦後復旧建設をテーマとした『繁栄の道』では国家計画委員会委員長として鄭準沢が、千里馬運動時代を描いた『人間の歌』では金属工業相として姜永昌が主要人物として登場する。この2巻の主要舞台は降仙製鋼所で、複雑な人間関係とともに鋼材生産に奮闘する人たちを描く。

また、『繁栄の時代』では早稲田大学卒の電気技術者・李聖道が活躍するが、解放直後の水豊発電所の補修や電力事情など、あまり知られていない事実が描かれ興味深い。なお、この巻では金正淑同志が他界する直前までの出来事を詳しく描いている。

抗日革命闘争では多くの人たちが犠牲となったが、解放直後、金日成将軍は烈士たちの遺児を探し出し、立派に育てることが崇高な義理であり自身の使命とした。そして、万景台革命学院が創立されるのだが、その過程を描いたのが『未来』である。

『未来』

金日成将軍の意を受けて中国・満州地域で遺児たちを探し出すために奔走するのが林春秋同志で、同時に「延辺行政督察專員公署」の専員として延辺地域に住む朝鮮人の権利を守る活動を行う。それが今日の延辺朝鮮族自治州に繫がる。朝鮮現代史の一断面といえるが、筆者はこの本によってその事実を知った。

金日成将軍がとくに気を病んだのは呉仲拾同志の父親である呉テフィ老人一家で、呉仲拾同志の兄弟4人をはじめ親族17人が犠牲となっている。ところが、呉老人は金日成将軍に負担をかけまいと自ら名乗り出ようとはしなかった。そんな時、金日成将軍を訪ねてきた呉仲拾同志の甥・クッチョルによって消息を知る。そして、呉老人は金日成将軍と対面、一家は平壌郊外で農事を営み、孫たちは学院生となる。

また、この巻では学院生の願いによって初めて金日成将軍の銅像が建立された経緯も詳しく描いている。学院生として延亨黙、朴ソンボン、シム・チャンワンらが登場するが、彼らこそ後に金正日総書記の側近中の側近といわれた人たちである。

(朝大理工学部講師)

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