良妻賢母の呪縛/玄明淑
2024年07月04日 10:28 それぞれの四季7月12日、オモニの7回忌を迎える。専任活動家のアボジを支え5人の子をウリハッキョに通わせ、苦しい家計を一身に担い働き続けたオモニは、同時代を懸命に生きぬいた在日朝鮮人2世の女性のひとりであり、「良妻賢母」のお手本のような人だった。今よりもっと家父長制や男女の役割意識を強いられた社会の中でも、明るく楽観的でバイタリティーに溢れていた。長女の私はオモニに喜んでもらいたくて、早くから家事を手伝い役に立てることが嬉しかった。
そんなオモニは40代前半でくも膜下出血に倒れても奇跡のように立ち上がり、1人で焼肉店を営みながら私と弟を朝大に送ってくれた。老後はタノモシ(頼母子)仲間と旅行に行きたいと言っていたのに叶うことなく、還暦前に進行性の急性リュウマチに苦しんだ。20年間も入退院を繰り返し、ほぼ全ての関節と頸椎を手術しながらも辛抱強く耐え、滅多に痛いと言わない。生きることを諦めなかった。
「良妻賢母」のあげく寝たきりとなったオモニの姿を思い出すと、子どもに対する無償の愛も夫を支える献身も、オモニ自身の夢や生きがいを後回しにしたまま、「尽くすだけ」の自己犠牲ではなかったかと思えてならない。古い価値観とすり込みによって時代が強いた良妻賢母の呪縛が透けて見えた。私はその呪縛から解き放たれる人生を歩み続けたい。
(大阪中高美術教員)