短編小説「通信兵」 7/朴雄傑
2023年06月11日 09:00 短編小説南吉は自分の成功を祈っているみんなの視線を背後に感じながら壕の外に出た。
初冬の冷たい風が枯葉と煙を巻き込みながら谷間から吹きあげてきた。彼は壕を出ると電線をたどりながらすすんでいった。と、いくらも進まないうちに新しい砲弾の穴があって線が千切れとんでいるのを発見した。そこをつなぐと彼はふたたび、小さいかしわの木や引き裂かれた松の枝などが燃えているところをすぎてすすんだ。
電線は砲弾がまきおこした土の中に埋もれていたり、折れた木の枝に巻きついていたりした。電線を張った連絡壕も砲弾でめちゃめちゃに壊されていた。
彼はときどき立ち止まっては電線を引っ張ったり、振ってみたりした。そして線がぴんと張れば異状なしと判断して、さらに前へとすすんだ。
そのあいだも砲弾は間断なく彼の周りで炸裂した。そのたびに高く舞いあがった砂ぼこりや小石がどっと頭上に降ってきた。
はじめのうちは砲弾の炸裂する音にあわてて伏せたりしたが、それも止めてしまった。あまりひんぱんに落ちてくるので、伏せて見たところで直撃弾にやられないという何の保障もないと思ったからである。
ただ、なるたけ「集中砲撃地点」を避けながらすすむほかはなかった。
高地の中腹にさしかかったとき、彼はいま一度電線を引っ張ってみた。電線は切れているらしくずるずる1メートルほど引きずられてきた。ところがどうしたことか、手を放した途端、電線はあたかもゴム紐のようにするするともとの位置に縮んでいった。おや?と思いながら、南吉はもう一度引っ張ってみた。するとこんどもするすると戻っていった。
もしかしたらよくしなる木の枝にでも引っ掛かっているかもしれないと思った彼は線をたどってすすんでいった。
すると電線は砲弾が盛りあげた土の中に理まっていたが、よくみるとその盛土の中にひきずり込まれていくのである。
さらに数歩すすんだ彼は、その盛土がもぞもぞ動くのを認めた。それからさらに、盛土の一方からのぞいている人間の頭と腕を発見した。その瞬間彼は、土に埋もれた人間が誰であるかを悟った。いま先、補線作業にでたあの新入兵であったのだ。
新入兵は全身に土をかぶったまま、それをはらいのけて立ち上がろうともせずに、やっと動く片手で電線をしきりに引っ張っていた。
南吉は急いで土を押しのけると彼を抱き起こした。
顔を土の中につっこんでうつ伏せになっていた新入兵は、大きく息を吐きだすと、土まみれの顔をやっとおこしてかすかに眼を開けた。
それからかすれた声で、
「同郷さん、ここに、ペンチと予備の線がある。わしにかまわないで、はやくつないで…」
といったかと思うと、ぐったりとなり眼を閉じてしまった。
「おじさん、気をたしかにもって、おじさん、おじさん!」
(つづく)
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