短編小説「伜は前線でたたかっている」23/李相鉉
2023年05月27日 09:00 短編小説申貞三はみんなに拳銃をふりかざしながら、山の斜面に穴を掘れと命じた。
「はよう掘らんか!」
申貞三は大声でどなりながら空に向けて拳銃をぶっ放した。
そのとき、うしろ手にくくられた萬基爺さんが「治安隊」に追いたてられてくるのがみえた。みんなは互いに顔を見合わせた。「治安隊」のうしろからは、寒さに背をえびのように曲げたアメリカ兵がついてきた。
「治安隊」は萬基爺さんを一本松にくくりつけると、銃の先でその脇腹を小突いた。
萬基爺さんは真直ぐ頭をあげてあたりを見回した。懐かしい山々のふもとは白く霜におおわれていた。それらは朝日に照らされていっそうまばゆかった。老人はゆっくりみんなの方に視線を向けた。いつの日にか昔語りにこんどのことを話してあげようと心に誓ったコプニの顔が大きく目にうつった。その顔にかぶさって、前線にでかけた息子の顔がほうふつと瞳にうかんだ。
美しい故郷の山河と、この愛すべき人びとのために、自分もいくらかのことができたと思うと、つい微笑が頬にうかんだ。これでいいのだと思った。
「こいつをようく見ておけ、いうことをきかんと、おめえらもこいつのようなめにあうんだぞ」
「治安隊」はみんなに向かってわめいた。
村の人たちは、ただ呆然と突っ立っていた。なぜ萬基爺さんが殺されるのか見当がつかなかった。みんなは顔を見合わせて立っているばかりであった。
申貞三が額に青筋をたてて萬基爺さんにどなった。
「何を見てる!よくも白っぱくれた顔をしやがって…、ふん、ガソリンに火をつけてそれでいいことでもあると思ったのか?」
爺さんはじっと申貞三の顔をにらみつけていたが、はげしく叱咤するような声でいった。
「ふん、これでお終わりだと思ったらとんでもないぞ。お前たちの首がすっとぶ日も遠くはないのだ。さあ、射つなら射て!」
いいおわると爺さんは、はだけた胸を傲然とそらした。
コプニは思わず「あっ」と小さく叫び声をあげた。やっと彼女にもすべてがのみ込めた。彼女はふらふらと倒れかかった。まわりの人たちがいそいで彼女をささえた。彼女は村の人たちの顔を見回した。みんなも悲痛な顔でひとしくうなずいていた。彼女はもう一度爺さんの方を向いた。彼女と視線が合うと、爺さんは微笑をうかべてゆっくりうなずいた。朝日を全身に浴びたその姿は不死身のようにみえた。
いつの間にか来ていたバーンズが青ざめた顔で拳銃の銃口を爺さんの胸に向けた。その手は震えていた。バーンズはぴくっと体を震わせると、歯をむきだしながら力いっぱい引金をひいた。轟然たる銃声が響いた。
「よろしい、いくらでも射て!わしは死んでも、わしの伜は前線で戦っているぞ!」
爺さんの叱咤する声は、山々を越えて、高く低くこだましていった。
1954年10月(おわり)
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