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短編小説「大いなる心」1/チェ・ハクス

2023年02月22日 14:15 短編小説

「そりゃ急がせていますとも、こちらの事情はお見とおしのはずじゃありませんか?ベッドは半分ほど削りました。大型切削機さえあったら、これほど苦労させられなくてもすんだと思いますがね。えっ?排風器の本体ですって?とんでもない。たった今わたしも現場からもどったところですが、あればかりはとても手におえません。…はあ、ですから、何とかよそへまわして加工してもらおうかと考えているところで…。なるたけ早くとどけるようにしますから…」

ムン・ドンチョルは現場から職場の事務室へ帰るなり電話をうけた。かれが受話器をおくのも待たずに、ドアがノックされ、両ほほがりんごのような女子事務員が入ってきた。

「職場長さん、きのう申しあげた書類ですけど」

「?」

ムン・ドンチョルは決裁文件をちらっとのぞきこむと、いらだたし気にサインした。

「困るじゃないか、今ごろもってきたりして。もっと仕事にけじめをつけたらどうなんだ?仕事の秩序を乱してくれるなと、あれほどたのんであるじゃないか。こういうものは朝のうちにかたずけてほしいんだよ」

「?…わかりました」

専務員はびっくりしたように、長いまつげをあげて、上目づかいにムン・ドンチョルの顔色をうかがうと、申しわけなさそうに目を伏せ、そそくさと部屋から出て行った。その後姿を見送りながらムン・ドンチョルは、自分が出勤してすぐ現場へおもむき、たった今もどったことに気づいた。彼はわけもなく事務員を叱りつけたことに気がとがめて、眉をひそめた。気にかかることばかりが多く、心は落ちつかなかった。精いっぱいやった仕事が、どれ一つとして満足できるほどにはうまくいっていなかった。年始めに指示された計画は、ムン・ドンチョルの仕事にいっそう拍車をかけることを要求していた。

ムン・ドンチョルは自分たちの進行速度が果してどれくらいになるものなのか、自信をもっていいきることができなかった。自分たちのおかれた条件が悪いせいなのか、それとも、りっぱな千里馬騎手になるだけの技術がまだそなわってないのか…。ムン・ドンチョルは自分の心が、ぐらつくのを、毎日のように感じていた。

たとえ一つだけでもうまく運んでくれたら、それだけで自信が生まれるのだが。頭を悩ませている問題のうちのほとんどは、当然なくてはならないはずの機械設備がないことに原因している、と思った。なかでも大型機械は、すべてといってよいほどなかった。

たとえば、F製鉄所から注文を受けている圧延機の素材のうちもっとも大きな1500馬力減速機の大型ベッドなどは、機械のそばまで運びこむことさえできなく、広場においたままテントを張りめぐらしてあった。おまけに、これを加工できるだけの大型機械がなかったので、考えあぐねたすえ、単能旋盤を12台もずらりと並べておいた。大型機械さえあれば、こんな手のこんだまねはしなくてもすんだはずである。

何とか注文どおり削れないことはないが、家ほどもある排風器の本体の加工だけは、こんなその場のがれの手段ではとうていおぼつかなかった。そこでムン・ドンチョルは、ついさっきも、加工できるだけの大きな切削機をそなえている機械工場に依頼してほしいと、上級機関にくり返したのみこんだところであった。

計画量は前年度にくらべてほぼ倍にふくれあがり、それだけでも手にあまるというのに、今年度の最初の分期はもうあますところ10日たらずしかなく、前途のみとおしはすこしもよくならなかった。

――大型機械さえあったらなあ…。要するに、大型機械を手に入れることだ――

ムン・ドンチョルは思わずため息をつき、たばこをとりだして口にくわえた。このとき電話のベルが鳴った。

「もしもしムン・ドンチョルですが」

(つづく)

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