〈取材ノート〉浮かび上がる歴史


見て、聴いてきたものが、一面的でしかないことを、最近になり改めて感じている。

年が明け、今年の初取材となった東京・稲城での写真展でのこと。在日朝鮮人1世にフォーカスしたこのイベントを、地元・稲城の地でもやろうと提案した稲田善樹さんは、「満州」引揚を経験した人だった。

稲城さんが、かれの「ふるさと」、広島の山奥で過ごした幼少期の思い出を語りながら、印象深い記憶として話したのが、自身が住んだ集落近くにある朝鮮人集落やそこに暮らす人々にまつわるものだ。

当時、農業用水の池をつくるために作業していた朝鮮人たちのことを、稲田さんはこう回想する。「自分も子どもだったから、好奇心で(作業用の)トロッコを内緒でおして乗り遊んでいると、朝鮮人の親方のような人に怒られて…そんなことを何回か繰り返した」。また、「学校にあがるとクラスに必ずいた朝鮮人」の話や、その子たちが「いじめの対象だった」話、「親分のような朝鮮人の子について、学校に通う4キロの道を登校した」話も聞かせてくれた。

時代の一部を覗き見たようで、想像し自分との接点を考えるには、教科書や資料で学ぶよりも直に心に響くものだった。その際、かれはこう言った。「あなたがどんな人かを知れたから、私のことも話すんですよ」と。

人々が交わり合う先に浮かび上がる「歴史」を、積極的に記録したいと思う。

(賢)