〈第60回日朝親善横浜市長杯〉ピッチに広がる友好の輪/伝統と歴史、思いつないだ60年


今大会も真剣勝負を通じて朝・日の選手らが交流を深めた(写真はFC KOREA対横浜猛蹴Legendのメインマッチ、盧琴順撮影)

「第60回横浜市長杯争奪 日朝親善サッカー横浜大会」(10月23~24日、三ツ沢公園陸上競技場)が成功裏に行われた。朝・日両市民らのサッカーに対する情熱と両国の友好願う思いで始まった同大会。大会の伝統と歴史はこの60年間、途切れることなく脈々と受け継がれてきた。

恩義に報いて

実行委によると、この大会は「数個のサッカーボール」がきっかけではじまった。

1951年、当時日本は連合軍の占領下におかれており、日本の市民らはスポーツなどを楽しむゆとりも道具もなかった時代。そんな日本のサッカーマンたちに、在日同胞が祖国から送られた貴重なサッカーボールを数個、寄贈したという。

一方の在日同胞社会では、61年に日本の大学などで名をはせた選手らを集め在日朝鮮蹴球団が結成されたが、在日朝鮮人に対する差別的な情勢などにより、満足に試合ができない状況におかれていた。

62年に第1回大会が行われた(写真は大会パンフから)

そんな蹴球団に手を差しのべたのが、かつて在日同胞たちから受けた「恩義」を思い起こした横浜のサッカー関係者たちだった。

「在日朝鮮蹴球団の強化」を主な目的に、のちに会長を務める片岡次夫さん(故人)をはじめとした横浜サッカー協会関係者と蹴球団が互いに協力し合い62年8月7日、第1回大会が三ツ沢球技場(当時)で行われた。蹴球団の対戦相手は横浜市内の社会人選手らを集めた全神奈川チームがつとめた。

その後、蹴球団の解散後も大会は続き、次第に学生チームをはじめ幅広い世代の選手らが参加するように。朝・日の市民らは大会を通じて、政治情勢などに左右されることなくピッチ上で真剣勝負を重ね、友情を育んだ。91年の30回記念大会には、朝鮮からもチームが来日。2日間にわたり全日空、日産自動車チームとしのぎを削った。

「いずれは朝鮮でも」

この間、大会開催をめぐって数々の困難が訪れたが、大会関係者らの努力で途切れることなく継続されてきた。10年前の2011年には東日本大震災の未曾有の状況の中でも、朝・日友好の「灯」を消すまいという思いで、日産・横浜FマリノスOB対在日朝鮮蹴球団OBなどを行い、第50回記念大会を開催した。

一方で2年前には参加者らが試合後、神奈川中高で焼肉パーティーを行うなど、近年はピッチ外での交流も盛んに行われている。

また、今年は若い世代の実行委員らが中心となり、より幅広い関心を集めようとクラウドファンディングを展開。60回大会に花を添えようと、サッカーボールをかたどった五角形に朝鮮のモクレン、日本の桜などをモチーフとした大会ロゴマークも作成した。

選手らに記念品を手渡す崔哲会長(左)と内田渉会長

「サッカーを通じて交流が生まれ、自然とお互いに対する理解が深まるのがこの大会の魅力。今大会でも小学校からシニアまでの選手たちが素晴らしい試合を披露してくれた。我われも60年の重みもしっかりと受け止め、70年、100年と大会を続けていかなくては」

横浜サッカー協会の内田渉会長はそう強調し、これからも選手たちがよい環境でプレーできるよう尽力し、大会を発展させていきたいと話した。

神奈川体協2代目会長として、第24回から長く大会を見守ってきた崔哲会長は、排外主義たちによる朝鮮人差別やコロナ禍などの困難に見舞われながらも60回を迎えられたことを喜びつつ、今後の夢を語った。

「いずれは朝鮮でもこのような親善大会を開催したい。それが実現できるときがくるまで、先代たちの思いを若い世代につないで、大会を守っていきたい」

(丁用根)

選手、スタッフ、関係者の声

試合後、記念品を手に記念写真をとる神奈川中高 とY.S.C.C.ジュニアユース U15の選手たち

―在日本朝鮮人サッカー協会・崔英秀会長

朝・日親善サッカー大会は各地で開催されているが、子どもから大人まで各カテゴリーの選手らが集い、60回も続いてきたことは大変意義があること。神奈川のみならず、在日同胞サッカー界全体の発展にとっても貴重な場だと改めて感じた。

Y.S.C.C.ジュニアユースU15・新井信人監督(41)

伝統ある大会に招いていただき、とても光栄に思う。(対戦相手の)神奈川中高の選手たちのプレーからは気持ちの強さを感じた。互いを尊重すること、国際交流の大切さをこれからも子どもたちにしっかりと伝えていきたい。

神奈川朝高は県立光陵高に5-0で快勝した

横浜シニアO-40・平船貴之副キャプテン(42) 

安英学選手とは大学時代に一度対戦したことがあるので、また同じピッチに立てて感慨深い。「在日Dream Team」の技術に圧倒され、負けてしまい悔しいが、またリベンジしたい。本当に楽しい大会だった。

―神奈川朝高・金大剛主将(高3) 

伝統ある大会の重みを胸に刻み、保護者やOB会をはじめとした同胞に力を届けようとチーム一丸となってプレーした。コロナ禍の中、このような大会を準備してくれた関係者たちに感謝の気持ちでいっぱいだ。


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